滋賀県の漢方相談薬局

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14号 漢方の風 ー漢方 癌治療(故青木先生の教えによる)ー

2007-11-18

 平成3年4月より、毎月一回、滋賀県薬剤師会館の二階で故青木馨生先生の漢方勉強会を拝聴しました。先生の講義は、方術(漢方薬の使い方)はそっちのけで、ひたすら、養生法の大切さを教えられました。

 ある理由で、最近その時のノートを読み返す事が多い。その第一回目の講義は、臨床家(西洋医学も東洋医学も含めて)は如何様に有るべきかが主な内容であった。ある理由とは、私自身、時々、漢方の臨床家としての責任の重さに打ちひしがれそうになるからである。先生の言葉は重く心を衝きます。漢方家として、大切な事は、学者であっては駄目で、あく迄も臨床家であれ!病んでいる人に対して、情なくしては駄目(放っておけない)。祈りであり、真剣であれ!時には、慙愧の念で涙し、反省し、それを記録し、科学的に、正確に究め、実験する。即ち、臨床に始まり臨床に終わる。なかでも養生は一番大切で、生活に密着した、簡単で、誰にでも出来るものでなければならない。真理を求めなさい。…といった内容であった。患者さんの生活様式を考慮して、一緒に悩み一緒に考えるようにしている毎日である。それらの上に立って、患者さんの全体を見る事が何よりも大切と心しております。

 膵炎から膵臓癌を発した患者さんは、係りつけの医師に食べ物の摂取について質問をした所。「何を食べても構いません!」が、その返事だったそうである。これ程、辛い事は有りません。つまり、生き方を訊ねているのである。よく問診してみると、毎日下痢が続いているとの事である。抗がん剤の所為であると決め付けていたのであるが、東洋医学的には、下痢が続くと免疫力が落ちるので、ひょっとしたらと思い、脂質の多い食品を中止して貰った所、翌日から下痢が止まった。漢方的には、やっと、ここからが出発点である。よく生きる為に必要な食生活の事、生活のリズム、調息法、等、実践して頂き、人参湯合当芍散にヨクイニンと白花蛇舌草を煎じて服用して頂いております。

 江戸時代の観相家である水野南北は、人相は運命を左右する。取り分け何を食するかが一番大切と自ら実践して確信を得たと書物を残している。食事の内容によって人の運命が決まるのである。美味しさとは食べ物の側に有るのではなく、食べる人の側にあると青木先生は仰っておられました。粗食と言われる物の中に真の美味しさがあるのである。又、癌の末期は、痩せて来るものであるが、先手必勝で、癌で痩せる前に、自ら粗食を実践し、痩せてしまうと癌細胞は大きくならない。従って、転移もしないと教わりました。恐らく、これは免疫系が活発になった為であろう。青木先生に係った癌患者さんは、殆ど、改善されていたと、お付の薬剤師さんから聞きました。

 比叡山 律院 大阿闍梨 叡南俊照師の元へお加持を受けに行った際、出された、昼食の美味しかった事。何も高価な素材を使った物でもなく、所謂、粗食と言われるものであるのだが…。あるデパ地下で長蛇の列が出来るハンバーグを買ってきて、飼っている犬にお裾分けした所、近寄ってくるや、そそくさと向こうへ行ってしまった、と患者さんが言っていた(故青木先生の話)。又、新聞の投稿記事に、飼っている犬を残し、日帰りの家族旅行に行き、夜、帰宅するや、さぞかし、お腹が空いているだろうと思いながら、インスタントのパックごはんを温めインスタントの味噌汁をかけて、与えた所、喜んで食べるものと思っていた所、しっぽを振って近寄って来て、クンクンと臭いを嗅いだだけで、何も食べずにあっちへ行ってしまった。急いでご飯を炊いて、味噌汁を作って与えた所、余程、お腹が空いていたのか、ガツガツと食べた。と書かれていた。人間は、進化の過程で、食べてはいかんとする、身を守る本能を置き忘れて終ったのであろう。

 般若心経に五蘊が有ります。色、受想行識でありますが、色は物体で眼に見えるもの、即ちサイエンス、つまり現代医学である。受想行識は、目に見えないもの、即ち、気、東洋医学なのである。アトピー性皮ふ炎、癌、精神疾患、…等、‘気’のアプローチなくして‘本治’は恐らく難しいと私は常々思っております。結局の所、自然治癒力を最大限に発揮させる事が肝要なのである。色、物体としては、何を、どれ位、食するかであり、一方、気、心、精神、の養生として、瞑想、座禅、気功、ヨガ、調息法、等の実践が自然治癒力を最大限に発揮させるのである。

 青木先生の癌治療は奇を衒った漢方処方では決して無く、有り触れた日本の漢方を淡々と処方されていただけである。漢方家としては、このありふれた漢方を処方するのが実に難しいのである。青木先生と雖も患者さんの養生があったからこそ、改善出来たのであろう。まして、この頃は、漢方薬と言うものは、アルミパックに入ったザラザラした顆粒の事だと思っている人が多く、煎じ薬でないと効果が弱く、煎じ薬を服ませる説得に労を尽くさねばならない。

 私の所へ診を乞うてやって来たのであって、美味しいケーキを買いにやって来たのでは無く、病気を治しにやって来た事を気づかせてあげる努力が大切と教わりました。  最後に、水野南北の言葉を書いて終わります。「人の運命は全く飲食の如何に拠る、是を以って予が相法の極意とする。大食を為す者は必ず運、宜しからず、不意の災禍損失多かるべし」

(大津市薬会報 2007年11月号掲載)

0号 漢方雑感 -間違ってはいけない漢方の使い方-

2002-10-26

 漢方と出会ったのが、昭和四十五年に購入した「症候による漢方治療の実際」(大塚敬節著)である。大学を出て製薬メーカーの拡宣の仕事についたが挫折してしまい、そこで大学の先輩の経営するドラッグストアに誘われて、およそ二十年間、薬の相談販売をしてきた。そのドラッグストアに勤務して、まもなく先輩が紹介してくれたのが、前出の書籍である。七百頁を超える分厚い本であるが、何度も何度 も読み返し強い衝撃を覚えた。自らのライフワークに出会った気がした。以来様々な漢方書を読み続けている。漢方と言っても数々あって、日本に仏教と共に伝来した古代の民間療法、室町時代に伝わったとされる後世要方、江戸時代のルネッサンスの象徴である古医方、明治時代から関東以北で拡まった一貫堂医学、ここ最近日本へ紹介された中医学、中国の南の暖かい所で培われた温病学等々である。流石に、最近は、漢方は迷信であると、暴言を吐く 医師はいなくなったのだが・・・。

 漢方は立派な体質医学であり、論理的、唯物論的に体系化されている。基礎的なものから臨床まで、現代医学を上回る勉強と経験が必要と言われている…。十年近く前に発生した小柴胡湯事件なるものがあった。全国で小柴胡湯を服用した患者さんが十人前後亡くなられたのである。当時C型肝炎の蔓延と共に大量に使用され、そのお陰で多くの患者さんが救われたのであるが、漢方的な弁証論治がなされなかったが為に起こった不幸な出来事であった。傷寒論なる難解な古医書にその使い方が記載されており、その通り使用されれば、ほぼ必ずと言ってよい程効果が出るのであって、この様な結果にはならなかったであろう。

 毎年寒い季節になると流行るのが風邪である。文字通り「風」の「邪」である。その風邪にかかる事を「風に中(あた)る」と古人は言ったのであり、 傷寒論という古医書では中風の病(風に中った病)と言っている。中風の病にも色々種類があるが、日本ではその代表格が葛根湯になります。そして傷寒論では葛根湯の使い方を厳重に規定しているのである。何故ならば、使い方を誤れば心臓に悪影響を及ぼしたり、極端な場合は三途の川をさまようことにもなりかねない。傷寒論では、「太陽病、項背強几几、無汗、悪風、葛根湯主之。」と規定しているのである。即ち、項から背中に沿って凝りがあって、汗はなく、寒気があり、そして脈が浮いている時と規定されているのである。

 蛇足ではあるが、ついでに付け加えておきたいのが、夏風邪は一体どうか、という事である。そうです。よくよく前文を見て頂くと、汗は無く、寒気があり、と規定されており、夏の風邪は、有汗で、寒気が無い(あっても少ない)事が多く、合わないという事である。そして、その夏風邪に対しては、温病学や中医学では、別の処方メニューが準備されている。温病学の発展した地域は、中国の南の温かい所であり(亜熱帯の所もある)、当初、日本へ伝来した傷寒論は、どちらかと言うと、中国北部の寒い所で発展した理論である。

 交通手段の発展した今日、世界はグローバル化し、消費を奨励している経済等々が、昔の日本には上陸しなかった南の暖かい地域に棲息しているウイルスを日本に持ち込む事になった。斯くして、日本の漢方は、江戸時代に比べて、更に難しくなっているのである。五月の連休の後、またお盆の休みの後等に流行る咽痛や熱発等は、恐らくこれらが原因しているからであろう。今、世界が一番問題にしている地球温暖化現象は、凍土に閉ざされていたウイルスを現出させ、そのウイルスは、渡り鳥と共に地球規模的に広がっている、又アフリカの奥地に棲息していたウイルスは、蚊を媒介として、飛行機と共に地球規模的にひろがっている。漢方の治療法も中国、韓国の医術を取り入れないと日本の古医方だけでは、立ち打ち出来ない状況になって来ている。

 (平成14年10月)

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