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31号 漢方の風 ー不眠、不安感、頭のふらつき
平成24年6月17日のY新聞にベンゾジアゼピン系薬剤である抗不安薬・睡眠薬により薬物依存に陥る危険性の事、又ベンゾジアゼピン系薬剤(以下BZ※)の服薬中止や減薬の際に現れた場合の離脱症状を減らす「やめ方」に関する記事が書かれていた。この記事を読み、ごく最近まで「止め方」のマニュアル、指針が無かった事を知った患者さん達は、さぞかし憤慨されておられる事でしょう。その主な離脱症状は更なる不安増大、イライラ、集中力低下、頭痛、吐き気などの精神、身体両面(※)に現れる。驚いたことに、日本での人口1000人当たりの使用量は米国の6倍にのぼると国連の国際麻薬統制委員会が2010年に報告していると書かれている。欧米では薬物依存を防ぐ為に使用を4週間以内に抑えるのが一般的とされている。日本の現実を見ると数年単位で服用しておられる患者さんが多数おられます。又、話は逸れますが、ずっと以前、大津市薬剤師会の講演で医師のT先生がBZ系薬剤の長期服用による認知症発症の危険性を話された事は記憶に新しい(動物実験で)。
Y新聞の記事では、Tさん(40歳)は人前の過度の緊張、発汗の改善を目的として、BZ系薬剤(ソラナックス)を1日の最大量を4年半服み続けたが効果が無く、主治医の指導のもと半分に減薬した所、日光が異常に眩しい、暗闇でチカチカした光が見える、白内障、入眠時ミオクローヌス等の離脱症状が現れ、ベンゾジアゼピン離脱症候群と診断されたと書かれている。最近、BZ系薬剤の止め方の手順が英国のヘザーアシュトン教授によって「アシュトンマニュアル」としてインターネット上で読むことが出来る様になった。日本語のこの指針は、“正しい治療と薬の情報誌”に、この7月に記載される予定(平成24年6月に原稿を書いています)との事である。又、BZ以外で同様の影響を及ぼす薬剤もあると書かれている(デパス、マイスリー、アモバン)。 私の記憶ではBZ剤は今から44年前、私が薬剤師になった頃には既に上市されていたと記憶しております。この指針は遅きに失した感が否めません。このBZ系薬剤を処方された患者さんに接遇した時、「こんなに長く服んでも、大丈夫ですか?」と質問を受けた薬剤師は恐らく全員ではないでしょうか…。 当薬局にも、この不安感、フラツキを訴える患者さんが頓に増えていますが、漢方処方を決めるに困窮することが多い。五臓を見亘し、乃ち心、肝、脾を弁証し更に腎、肺と考えていきます。虚陽が昇り神(心)を冒すと桂枝加竜骨牡蠣湯で重鎮安神する。実証には柴胡加竜骨牡蠣湯を考える。心と脾を考えた時は帰脾湯を、脾と痰濁上擾を考えた時は(竹茹)温胆湯を、脾と腎を考えた時は苓桂甘棗湯を、…他、と言った具合です。
最近、K社からこの苓桂甘棗湯のエキス剤が上市された。苓桂甘棗湯は「汗を発して後、其の人臍下悸する者は奔豚(ほんとん)をなさんと欲す」と傷寒論に記載されている。奔豚病は猪が突進するかのように下腹部から動悸が始まりやがて胸から咽まで衝き上がってきて、今にも心臓が止まりそうと悶え苦しむ。嘔吐、ヒステリー、神経症、下腹部痛、胃液分泌過多、尿利減少、便秘、癲癇様症状等を同時に惹き起こす事が多い。当然、耳鳴りやフラツキを同時に惹き起こし、不安感を併発する事もあるでしょう。 これは腎の孤陽が上衝した結果発症するものと考える事が出来る。乃ち脾の働きを高めて(大棗、甘草)、陰精を作り、又、茯苓で心気を高めてその陰精を運び、上衝の邪を鎮め、桂皮で上衝の気を降ろし抗不安作用を発揮します。
私が平成元年に漢方薬局を始めて、間もなく、この奔豚病で苦しんでいる40歳代の男の患者さんが来店されました。腹部の動悸と不安感で困窮されておられるとの事であった。赤ら顔で、腹部の動悸を強調されておられました。Doctor Shoppingを繰り返し、その苦しみを訴えても、なかなか理解してもらえないもどかしさが病態を更に悪くしている様に思えた。当時、エキス剤が無く煎じ薬で対応しました。この腹部の動悸を抑える為にβブロッカーを投薬され、Depression様症状に陥った患者さんを数人見てきました。心の気を抑える事になり、精神作用に悪影響を及ぼした為であろうと私なりに考えております。その際、服用を中止したものの、元の精神閾値に戻る可逆性は実に時間がかかる様に思っています。これらを見て、漢方医学で言う所の「心は神なり」を実感します。 他の処方では、心陰の不足と脾虚による不安感には、甘草と大棗と浮小麦で脾気を高めて生津し、心陰を補って不安感や悲哀感(漢方医学では臓躁と言います)をなくすものも有ります。 K社さんの苓桂甘棗湯が上市され、奔豚の病の患者さんの不安感、フラツキに対処出来る手立てが増えた事は私に安心感を与えてくれます。
※ BZ系薬剤…ソラナックス、コンスタン、レキソタン、マイスタン、リボトリール、ランドセン、セルシン、ワイパックス、ドラール、ベンザリン、ハルシオン、ユーロジン
※ 他の身体症状…筋硬直、疲労感、眼痛、耳鳴り、嗅覚異常、月経異常 、等
※ 他の精神症状…不眠、幻覚、パニック発作、抑鬱、強迫観念、等
(大津市薬会報 2012年7月号掲載)
29号 漢方の風 ー鬱症状を伴う不安感。化膿性体質(術後の膿が止まらない)。
薬学部が6年制になり、5ヶ月の学外実習が義務付けられた。更に全国的に新しく薬学部が増設され、各学校では新入学の学生の取り込みに危機感が見られる。そこで各学校は法定の学外実習の他に特色のあるカリキュラムを既に組み入れている所もあり、又これから取り組もうとしている学校もあると聞いている。
医師と対等に向き合える様にする為の仮想実習や海外留学、更には特化した漢方医学を取り入れた講座等がそれである。我々4年制で学士を取り薬剤師になった者としては何処となく気後れ感はあるが、足りない2年の勉学期間を補うに余りある独自の卒後教育を実践して来たと言う自負心は有ります。取り分け大津市薬剤師会は多方面に活動し医療や福祉、教育に参画し、又会員の学力向上の為に研修会を実施して来ました。私も在宅医療部の理事を担当した時には、当時、薬剤師の在宅医療の係りが叫ばれ、在宅医療制度は勿論の事として、輸液の投与の仕方から内容迄も多くの本を読み勉強しました。又、独自の在宅患者さん専用の薬歴表も作成しました(田村先生の協力を得ながら…)。その薬歴表は滋賀県薬剤師会の他支部から、使用の申し入れが有り、今も使っておられる所もあると聞いております。又当時の会長である隠岐先生の指示もあって20万円の予算(滋賀県の医薬分業促進費)を頂き、瀬田地区の医薬分業に腐心した。全歯科医院への院外処方の働きから始め、分業をしていない開業医を講師に招き勉強会も実施した。更に思いついたのが当時、分業先進地区の長野県の上田地区が作成していた保険薬局のマップの瀬田地区版である。滋賀県では当時作成している所がなく、薬務課の分業担当官はそのマップを他の地区に見本として使用されたと聞いております。思い起こすと勉強始め様々な活動をして来た。
医薬分業が常態化した昨今、チーム医療の一員として医師や看護師さんとの、又患者さんとのコミュニケーションの重要性が叫ばれておりますが、うまくコミュニケート出来ていない現状が見て取れます。その為か、学校でも接遇のカリキュラムが組まれている様に聞いております。今から10数年前になりますが大津市薬剤師会の月例研修会で“接遇”の勉強会を行った事がありますが、大津市薬剤師会では既に問題意識を持ち、取り組んで来た経緯も有ります。 長らく市薬ニュースの原稿を書かせて頂いておりますが、特化した漢方医学を学んで卒業してくる薬剤師が現場に入った時に違和感を感じさせない為に、少しでもお役に立てればと思って居ります。
今日は朝から、時間が取れたので急遽原稿を書いておりますが、午後からの予約のご相談内容は、一人目の方はふらつき、倦怠感を伴う不安感をお持ちの方。二人目はアトピー性皮膚炎。三人目は智歯抜歯後のトラブル(切開周囲部からの膿が止まらない)。四人目は早期(39才)に閉経に向かっていると診断された方である。一人目の不安感でお困りの40歳台の女性はパートタイムで仕事をされておられます。顔は赤ら顔で、かといって赤々している訳ではなく力のない赤さである。精神が不安定であるので重鎮安神作用の竜骨・牡蠣が配合されていて、更に気の上衝(浮陽と考えて)に効果のある桂枝加竜骨牡蠣湯を第一に、又生理周期の遅れが有り、気鬱が係っていると考え加味逍遥散を第2処方として交互に投薬しました。
3人目の智歯抜歯後のトラブルの方は、先ず望診(最初に見た第一印象、皮膚の色、艶等)から、脾の弱さが診てとれ、バクテリアに対する抗病力の弱さが有り、更に肉芽の形成力の弱さが有ると弁証出来ました。そこで小建中湯に黄耆末を加え、小柴胡湯との併服としました。乃ち内托(体力をつけて抗病力を増す方法)しながら炎症を取ろうと考えた訳である。この患者さんは智歯の切開術の前に内托しておけばこう言う事態にはなっていなかったと言えます。漢方医学が「未病を治す」と言われる所以である。同様に癌と診断され3大治療(摘出術、抗ガン剤の投与、放射線療法)を行う前に適切な漢方処方を服用しておくのも大切であろう…。因みに膿が止まらないその他の疾患(乳腺炎、副鼻腔炎、痔漏、面皰等)の治療には、十味敗毒散、排膿散及湯、荊防敗毒散、葛根湯加桔梗石膏、小柴胡湯加桔梗石膏を使い分ければ良い。
(大津市薬会報 2011年9月号掲載)