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漢方の風 43号 芍薬甘草湯
漢方塾…不育症(流産癖)・妊娠中の咳
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄
過日、NHKで多剤投薬のリスクについての番組がありました。
多剤服用の高齢(80歳)の女性が自宅で眩暈を起こして昏倒して酷い内出血を起こし、その後、寝たきり状態で要介護になった症例を挙げて、これは多剤投薬が原因で、その後然るべく先生の指導の下、減薬した所、その女性は鬱症状、不眠も無くなり元気さを取り戻された。
番組では穏やかさを取り戻し、減薬した医師への感謝の気持ちと共に喜びの表情を映し出していた。
多剤投薬のリスクを指摘した医師の話では概ね6種類以上の服薬で危険度が大きく上がる旨の説明をされていました。
勿論、6種類以下でも副作用は出るであろう、又、6種類以上でも大丈夫な場合も有るでしょう。つまり、絶えず多剤投薬の副作用に気をつけなければならない。
患者さんの服薬指導の現場に居る我々薬剤師の調剤業務は勿論の事、一般薬を販売している薬剤師も含めて配合禁忌や飲み合わせの不都合のチェックのみならず多剤投薬(健康食品も含めて)のリスクも考慮しなければならない。
医薬品はMain Effect(主作用)に対してSide Effect (副作用)が必ずあります。
患者さんに投薬する際はこの事を確り肝に銘じておかなければなりません。
ここからが本題ですが二度の不育症を経験された30歳代の女性が無事の妊娠と出産を期待して当薬局に相談に来られました。
最初の望診と聞診では、何となく疲れていて、色が白く、声の覇気が弱いと判断しました。そこで、先ず芎帰調血飲第一加減と当帰芍薬散と補中益気湯を組み合わせて服用して頂き最後に半夏瀉心湯と芎帰調血飲第一加減を服用して妊娠にこぎつけた。その後、安定期に入ってから出産まで漢方薬を服用して頂き無事、不育症を克服して元気な赤ちゃんを出産されました。
その報告の際、もし、2人目が欲しいのであれば産後少し日数を置いて芎帰調血飲第一加減を長服し、母乳の与乳は7カ月を目途にして下さいと指示をしておいた。
一年ばかり経って、二人目を妊娠した(第3週)と来局されました。
気が付いたら子宮脱を起こしているとの事で当帰芍薬散と補中益気湯を服用して頂き子宮脱は解消された。
数カ月が経った連休の最中(さなか)、お腹の大きいその患者さんはひどい咳で一睡も出来ず、流産も心配で翌朝ご主人に運転してもらい休日診療を受診されました。
そこで、処方されたのが小青竜湯であった。帰宅後、早速服用し、その後3回服用したが一向に良くならず寧ろ余計に悪くなった様な気がするとの事で連休明け後の朝一番に当薬局に相談にお見えになりました。
妊娠中はプロゲステロン(黄体)期と同じで体温が高く、その結果妊娠中の風邪は咳が強く出て中々止まらない。そもそも小青竜湯は乾姜、桂皮、細辛で肺を温めて咳を鎮めるのですが妊娠で体温が高く肺が熱を持っている患者さんに小青竜湯を投薬すると火に油を注ぐ事になり、咳が更に酷くなります。ましてや、麻黄が一日量として3g入っていますので、元々不育症のこの患者さんには子宮筋を収縮させて流産する可能性も出てきます。そこで、小青竜湯は中止して頂き麦門冬湯を服用して頂き事なきを得た。
端を更めますが、最近、地球温暖化の所為か腓腹筋攣縮(こむら返り)を起こす方が多く見受けられます。そこで、巷でよく処方されるのが芍薬甘草湯(各メーカー共通の68番)です。
芍薬甘草湯には甘草が6g/日入って居り、その副作用である偽アルドステロン症については注意が必要です。
そこで、偽アルドステロン症について復習して見ましょう。
甘草に含まれるグリチルリチンは腸内細菌によりグリチルリチン酸に代謝される。このグリチルリチン酸がコルチゾールをコルチゾンに変換する酵素(11β-Hydroxy steroid-Dehydrogenase type2)の働きを抑制する。その結果、鉱質コルチコイド作用の有るコルチゾールが増加する。コルチゾールは浮腫、高血圧、低カリウム血症を惹き起こし、四肢の脱力等を発症する。甘草1gの長期服用で1%発症し6gで11倍の11%発症するとされている。そこで、芍薬甘草湯には甘草が6g入っているので偽アルドステロン症を発症するリスクが高いので充分注意する必要が有ります。
甘草含有漢方薬の投薬についてある学者は甘草2g/日以下にする事が発症予防につながると言って居られます。
20数年前漢方医学を志している旧知の薬剤師は甘草を炙って炙甘草にすると偽アルドステロン症のリスクを減らす事が出来るであろうと推論を言って居りました。そこで、当方担当のMRさんに尋ねてみた所、その様にリスクを減じる事が出来ると言っている先生は多くおられるとの事でしたがエビデンスは分かりません。
甘草と炙甘草の薬性の違いは、甘草は瀉剤(しゃざい)であり心火や所謂、熱火を瀉す作用があり、一方炙甘草は脾胃の不足を補い、上焦、中焦、下焦の三焦の元気を補うとされています。
傷寒論の中では70処方に甘草が含まれており、その内、甘草は少陰病篇に出て来る桔梗湯と甘草湯だけであとは全て炙甘草(甘草を炙る)を使う様指示している。
各メーカーの葛根湯始め68種類のエキス剤は炙甘草を使用しているかは不明であるが添付文書には甘草と表記されていますので炙甘草は使われていないと思われます。と言いますのも炙甘草湯の甘草は炙甘草と書かれている事から類推出来ます。
芍薬甘草湯は『傷寒論』太陽病上篇の最後に記載されています。参考までにその条文を記します。
傷寒脉浮。自汗出。小便數。心煩。微悪寒。脚攣急。反與桂枝湯。欲攻其表。此誤也。得之便厥。咽中乾。煩躁。吐逆者。作甘草乾姜湯與之。以復其陽。若厥癒足温者。更作芍薬甘草湯與之。其脚即伸。若胃氣不和。譫語者。少與調胃承気湯。若重発汗。復加燒鍼者。四逆湯主之。
問日。證象陽旦。按法治之。而増劇。厥逆。咽中乾。兩脛拘急而譫語。師曰。言夜半手足當温。两脚當伸。後如師言。何以知此。答曰。寸口脉浮而大。浮則為風。大則為虚。風則生微熱。虚則两脛攣。病證象桂枝。因加附子。參其間。増湯令汗出。附子温脛。亡陽故也。厥逆。咽中乾。煩躁。陽明内結。譫語煩亂。更飲甘草乾姜湯。夜半陽氣還。兩足当熱。脛尚微拘急。重与芍薬甘草湯。爾乃脛伸。以承氣湯微溏。則止其譫語。故知病可癒。
陽旦とは日中の事で陽旦病は太陽病(寒気がし、脉は浮いて、頭から首筋が強張って痛んだり、汗が有ったり無かったり、場合によっては関節が痛んだりする)を意味する。
そこで、太陽病では無いのに間違って太陽病だと軽々に弁じ、桂枝湯や葛根湯、麻黄湯、小青竜湯等を使い、誤って発汗した時は様々な害(症状)が出る。これは決して副作用では有りません。手足が氷の様に冷たくなり、両足が攣縮したり、煩躁してうわ言を言ったり、ダラダラと大汗をかいて心臓が止まりそうになったり、場合によってはそのまま死を迎えたりもする。
上記の処方の中で一番作用の弱い桂枝湯でさえ起こりうるのだから、ましてや麻黄湯、葛根湯、小青竜湯等は注意して弁証しなければなりません。
漢方の風音 10号 漢方書との出会い(化膿症、腫物)
漢方書との出会い(化膿症、腫物)
中川 義雄
昭和44年大学を卒業して直ちに製薬企業に就職し、MR(Medical Representative :医薬情報担当者とは名ばかりで当時はプロパーと称し、添付による値引き合戦やドクターへの贈り物等の手段による自社製品販売が主要な仕事であったが、時に本来の医薬情報業務をする事もあった)の立場で医療界に身を置きましたが、業務内容が馴染めず1年足らずで退社しチェーン薬局に再就職しました。スーパーのテナントの薬局の店長として赴任して間もなく、先輩の岡本先生(故人)…彼も又、製薬会社に就職されましたが肌に合わなかったのかは承知していませんが早期退社して同じチェーン薬局に再就職されました…から奨めて頂いたのが大塚敬節著「症候による漢方治療の実際」と言う分厚い漢方の専門書です。当時の製薬企業の初任給が2万~3万円の時代に1冊が4000円で非常に高価な本でした。
然しながらこの一冊は、仕事内容は勿論の事、西洋医学になにか違和感を感じていた私に強烈なインパクトを与えてくれました。その違和感とは、西洋医学は感染症に対しての抗生物質は別にして慢性疾患に対しての真の治療である体質改善をすることが果たして出来るのであろうかと言う疑問であった。
当時、漢方理論が有る事も知らなかった私でしたが(漢方は経験医学で理論は無いと思っていた)、本を開いて見ると、めまい、片頭痛、咳、排尿異常、不妊、肩こり、悪心、視力障害、嚥下障害、等の漢方治療法が口訣(くけつ)の様に事細かく書かれていて無我夢中で読み、読んでいる途中からどんどんと面白くなって来て忽ち読み切りました。読後は人生を左右するとても大きな希望と灯りを与えてくれました。 それは、私が小学生低学年の時、隣近所の3名の先輩(3歳から6歳年長)に、探検と称し、連れられ、逢坂小学校の奥の朝日ヶ丘から浅井山の奥へ奥へと分け入り、途中から道に迷い、幼少だった私は必死の思いで後をついて行き、その内に日が暮れてきてほぼ暗闇の中を歩くことになりました。彷徨い歩いている内に漸く遠くで一軒家の窓明かりを見つけました。辿り着いたところは膳所の山里でした。この本との出会いはその時の灯りを見つけた時の感動に似た出来事でした。
そんな折「化膿症、腫物」編の最初に記載されている「十味敗毒湯」の使い方を読んでいたが為に一命が救えた奇跡の様な経験をしました。
スーパーのテナントの薬局の店長として働いていた24歳の頃の経験です。定期的に500グラムの平綿(ひらめん)を買いに来られるお客さんがおられました。余りにも何度も買いに来られますので、ある日、思い切ってその用途を聞いてみたのである。病名は不確かですが要約すると最初、足の指が化膿して腐敗した為に指を切断した。すると暫くすると切断部が再度化膿して腐敗してきた為に足首から先を切断したとの事。すると、暫くして再度切断部分が化膿して腐敗して来たので今度は膝の部分を切断したとの事。再度、同様に化膿、腐敗してきたので大腿部を切断した。私が思い切って訊ねてみた時が当にその大腿部が化膿してきた時であった。次は最早、切断部が無いので途方に暮れて、死を覚悟しているとの事でした。
そこで、化膿症、腫物編に書いてある「十味敗毒湯」を大塚敬節先生の本を開いて、見せながらひょっとしたら効果が有るかも知れないと思いお薦めしたのである。
数日後、すっかり忘れていた頃にそのお客さんが、ふと来店されまして、化膿が止まったので更に1箱を買いに来たとの事でした。更にその数日後、すっかり傷跡が綺麗になったと菓子折りを持ってお礼に来られました。因みにその時の十味敗毒湯は原末と釜で煎じたエキス剤とを混ぜ合わせた製剤であり、原末が入っていた事が功を奏したのだろうと思って居ります。
その後、妊娠中毒症後の腎炎(蛋白+4、尿潜血?+)で強い倦怠感の方に柴苓湯で、潰瘍性大腸炎で人工肛門の施術日程が決まっていた方が帰耆建中湯他で手術を回避出来た方、心臓の病気(病名は不明)で手術日が決まっていた方が手術を回避出来た…等この大塚敬節先生の本を参考にして多くの方の健康に寄与出来た。
そののち、陰陽虚実の弁証法や五行論、気血水(きけつすい)理論を勉強して、再度読み返した時、この本の真の素晴らしさが理解出来、更に様々な疾患でお悩みの方の治療のお手伝いが出来るようになりました。今ではこの十味敗毒湯の使い方はただ闇雲に使っては駄目で十味敗毒湯“証”(症では無く)を把握した上で使用すると様々化膿性疾患を上手く治療する事が出来ます。現在の当薬局では抗生物質代わりに他処方として「荊防敗毒散」「千金内托散」をよく使います。
大学の2年先輩で同じMRを経験して薬局に転職された同じ境遇の故岡本邦夫先生は西洋医学に自分の道を見いだせず東洋医学に関心を持ち大塚敬節先生の本と出会い、後輩の私に勧めてくれました。
故岡本邦夫先輩には今なお感謝しております。因みに岡本邦夫先生は大学の合唱団の先輩で音楽的素養が素晴らしく私が入団した時の指揮者で選曲が「眠れ幼き魂」「童謡」「真間の手古奈」「スティーブンフォスター集」「旅」「蔵王」「子守歌」「富士山」等、反戦の歌からミュージカル、童謡迄幅広いレパートリーを目指されておりました。