1月, 2021年
漢方の風 45号 痔の漢方治療
漢方塾…痔の漢方治療
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄(昭)
20歳代で大塚敬節先生の著による「症候による漢方治療の実際」に巡り合い、次いで矢数道明先生の著による「漢方処方解説」に出会い、それらの書物が私の人生に多大な影響を与えてくれました。
私は中学1年生の2学期になって勉強に目覚め、文机(ふづくえ)に座布団の姿勢で1日数時間自宅で勉強したものです。生来、凍傷の出来やすく血流の悪い体質である事と父親が痔の手術歴がある遺伝体質に加え座布団での長時間の座位は肛門部の欝血を生じるために“痔”の発生リスクは高く、案の定、痔に罹患した。母親が座薬と円座と乙字湯を近所の“I”薬局で購入してきた。早く治りたい私は漢方薬(乙字湯)が痔に効果があるとは、当時思いもしなかった為に服薬コンプライアンスは非常に悪く、主に座薬で症状を抑える事に専念していた。高校生になって症状は更に悪化して、痛みで授業に集中出来ずとても辛い思いをしました。それからというものは毎年5~6月になると必ず痔を発症して苦しめられた。あの痛さは本当に辛い。うっかり、くしゃみをしようものなら半日はズキンズキンと痛む。大学の合唱団の練習では複式で大きく息を吸うだけでズキンズキンと痛んだ。社会人になってから、前出の漢方書や他の漢方書に出会って、乙字湯の治験を読み、乙字湯の処方構成の薬草の働きを学んで、漸く乙字湯の絶大な効果を知った。其れからというものは服薬コンプライアンスを守り長期の苦しみからは解放された。
痔核(いぼ痔)は内痔静脈叢に生じた欝血が原因でできる内痔核と外痔静脈叢に欝血が生じてできる外痔核があります。内痔核の発生する部分(肛門から数センチ入った所に歯状線なる組織が有ってその歯状線より上部の肛門上皮部に発生する痔核)は知覚神経の分布は無く、痛みはありませんが外痔核の発生するお尻の出口に近い部分には下直腸神経や尾骨神経があって痛みが発生するのである。この外痔核が発生する部分には肛門括約筋があり、外痔核の痛みによって肛門括約筋が痙攣を起こすと痛みは激痛になり、座ることも歩くことも困難になり、前述のくしゃみをすると半日痛みが続くことになるのである。
痔の漢方治療は色々な方法がありますが、乙字湯を筆頭に桃核承気湯、桂枝茯苓丸、甲字湯、補中益気湯、当帰建中湯加減、麻杏甘石湯、桂枝加芍薬湯加大黄、柴胡桂枝湯、芎帰膠艾湯、芍薬甘草湯、紫雲膏、伯州散等を使い分けて治療することが出来る。勿論、証を弁証して他の必要な処方は併用する。大柴胡湯や半夏厚朴湯、黄連解毒湯(加大黄)、半夏瀉心湯等がそれである。
乙字湯は原南陽の経験方で当帰、柴胡、升麻、黄芩、甘草、大黄で構成されている。南陽は柴胡と升麻を升提(下がっているものを持ち上げる作用)の意で用いているが勿誤方函口訣(浅田宗伯)では湿と熱を駆邪する作用を考慮すべきと言っているが私は経験上どちらも有りと思っている。
他の手段としてはズキンズキンと痛んでいるときに生甘草を濃く煎じて温罨(おんあん)する方法もあります。
平成元年に漢方薬局を立ち上げた頃は痔の相談が多かったが大痔主の私が相談を受ける訳なので患者さんからの信頼は厚く、治癒率は高かった。中でも忘れられない治験があります。
57歳の男の患者さんで、主訴は本人曰く、小指大の大きさの脱肛でしたが、よくよく聞いてみると痛みはなく内痔核が弛緩性脱出を繰り返していた。つまり内痔核が排便時に毎回脱出する為、毎回指で押し込むのである。又、ゴルフのスイングをすると力が入って内痔核が脱出するのでゴルフは止めているとの事であった。その方は色白でビールが大好きで汗かき、寒がりで疲れやすく、軟便、時に下痢をすると当時の問診票に書いてある。桂枝加芍薬湯証と見なし、処方はせんじ薬で当帰建中湯に柴胡と升麻を同時に煎じて根気強く服用していただいた。すると、弛緩性の内痔核の脱出はすっかり納まって、排便時に脱出することがなくなり、ゴルフが出来るようになったととても喜んでいただいた。漢方薬は不思議に良く効くと言って数人の痔以外の方を紹介して頂いた。
40歳代の女性の外痔核は煎じ薬の麻杏甘石湯で2~3日で治まる。多くの痔の患者さんの相談を受け、痔の出血、痛みの対処法を会得した。
最近、前立腺癌を放射線で治療する方が多くおられます。週5日、約2か月間放射線を前立腺癌に向けて前後左右、数か所から照射するのであるが(最近、放射線療法が進歩して、5日間前後の照射で済む定位放射線治療も開発されている)、多くの方が放射線による爛が生じ排便時の痛みと出血に悩まされるのである。膀胱が爛れておびただしい出血の患者さんも相談に来られたことがある。当帰建中湯と芎帰膠艾湯との併用や補中益気湯と乙字湯の併用でうまく治療することが出来る。