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漢方の風 41号 他力本願と自力本願

2018-01-19

1、肺の働きと排便の関係  2、遠志茶と物忘れ

なかがわ漢方堂薬局 中川 義雄(昭)

日本の宗教では自力本願と他力本願があります。私の家は法然上人が布められた浄土宗ですので、他力本願になります。従って、只管(ひたすら)、南無阿弥陀仏を唱えると良いと菩提寺の住職から教わり、毎日仏壇に手を合わせて南無阿弥陀仏を唱えています。他力本願とは言うものの毎日、経を唱えるのは己であるわけで、決して人様が自分の代わりに南無阿弥陀仏を唱えてくれる訳ではないのでこれ自体は狭義の意味で自力本願と言っても良いのかもしれない。自力で只管、経を唱え、その先の魂の世界は阿弥陀様におすがりしようと思っています。“人事を尽くして天命を待つ”又“継続は力なり”とも申しますのでこれからも毎日続けようと思っています。


一方、昨今の日本の風潮は専ら他力本願に頼っている様に思える。これさえ飲んでいれば食事制限をしなくてもダイエット出来る…もそうです。又、平成の始め頃、麻黄を買いたいのだが、価格はいくらですかと電話が有りました。問うてみるとダイエットに良いと週刊誌に書いてあったとの事。呆れましたが丁重にお断りしました。

更に最近気になっているのが認知症を防ぐ事が出来ると喧伝(けんでん)され“遠志茶(おんじ茶)”がブームになっている事です。中医学では「心は神なり」つまり心が精神を主っているとされ、遠志はその心に血(陰)を補う作用、つまり養心安神して心の抑制過程の低下(心血虚)を改善して物忘れを防ぐとします。心労が継続すると心の気血を消耗してしまい、その結果、健忘が発症する。心労が元々の原因と考えた時、その発症の原因(心労)を先ず解消する事が肝要であり、それが根治に繋がるのである。

荒木正胤先生は「漢方鍼灸の治療」を著すに当たって先ず“養生編”で東洋の栄養学である正しい食生活と不老長生術、正しい性生活の意義について説いておられる。治療に際しては先ず患家が正しい食生活なり、つまり養生を実践して後、或は並行して漢方治療を施すべしと説いておられます。養生は自力のなすところであり漢方治療は他力の為すところと言う事が出来る。

遠志茶だけを飲んだだけでは効果は期待薄。漢方医学では陰陽互根と言って、陰が陽を生じ、陽が陰を生じるとしており“陰”である遠志だけを摂れば良いのではなく陽である“気”を同時に高める必要が有ります。心の気血両方が充実して初めて健忘が解消されるのである。


端を更め、“気”について書いて見たいと思います。漢方医学では陰陽虚実の弁証と気血水の弁証を行って初めて処方を決定します。中でも“気”は形なくして働き有るものと、いつかの漢方塾で書きましたが、最も分かり難いと思います。中医学では肺は気を主(つかさど)り粛降(しゅっこう)と宣発(せんぱつ)を主ると規定しています。粛降とは下へ内へと働きかける事を言い、例えば尿と便も肺の気の粛降作用が働いて初めて下へ排出出来るのである。


最近、私の知り合いで年齢も私に近い方ですが、便秘で困っていると相談を受けました。近医に受診して下剤を処方されたが効果が全く無く、そこで当薬局で相談になった次第である。順気作用(小承気湯を処方内に含んでいて順気作用、つまり蠕動運動を高める)のある麻子仁丸をお薦めしたのですが効果が無く、そこで受診勧奨をして病院の消化器内科を係院した。そこでも満足に排便が出来なくて、そこで初めて精密検査(CT)をした所、肺に癌が転移している事が解った。そこで再度、当薬局に相談に来られた。肺の粛降作用が阻害された結果、排便がうまく出来ないと弁証して、生脈散と麻子仁丸を併服して頂き何とか排便出来る様になった。

生脈散は人参、※五味子、麦門冬で構成されていて、肺の気と陰を補う事が出来、粛降作用を高めて排便をし易くしているのである。勿論、呼吸が楽になったのは言うまでもない。

因みに宣発とは外へ上へと働きかける事である。


 ※五味子:専収斂肺気、而滋腎水
      …専ら肺気を収斂して、そして腎水を滋す
  麦門冬:徐煩瀉熱、消痰止嗽、生津行水
      …煩を除き熱を瀉し痰を消し嗽を止め、津を生じ水を行らす

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