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漢方の風 47号 菊池病・アトピー性皮膚炎の漢方治療
漢方塾…菊池病・アトピー性皮膚炎の漢方治療
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄(昭)
職場の上司よりパワーハラスメントを受け続けている20歳代の女性Aさんは気丈に仕事を続けている。Aさんの話によるとその上司は同僚のBさんにも同様にパワーハラスメントをかけていた。Bさんは耐えられず職場を去って行ったとの事である。
人の紹介で来局したAさんは酷いアトピー性皮膚炎を発症していた。全身に痒みが有り、顔全体に発疹、発赤が出ていて、手は左右共に発赤が有って掻破痕があり如何にも痒そうで、全体に色素沈着も見られる。背中も隆起性の発疹が全体に広がって、その痒みは容易に想像ができる。やはり掻破痕があり、恐らく就寝中に搔いているのであろう。
丁寧に問診を問ってみると上司のパワハラによるストレスが原因で発症しているのであろうと察しがついた。Aさんはとても確りされた娘さんでパワハラに耐えながら仕事をされておられるのであるが体はアトピー性皮膚炎と言う形で信号を発しているのである。つまりMasked Depressionが表出しているのである。
問診の中でAさんは病歴として高校生の頃に面皰(ニキビ)があり、臀部にひどい毛嚢炎を発した事があった。又、最近花粉症になり、子供の頃から所謂オデキが出来やすい体質で、擽(くすぐ)りに弱く、足跡に発汗しやすい体質である事も分かった。咽喉を覗くと喉は大きく腫れていて、よく喉から風邪をひくとの事で、更に想像を働かせて聞いてみると気管支喘息も患ったことがあるとの事。更に、生理時にかぶれて痒みを発症する事も分かった。つまり一貫堂医学で言うところの「解毒証体質」である事が弁証できた。
そこで漢方薬は“逍遥散”と“補中益気湯”と“十味敗毒散”と“消風散”を使い分けて20日分服用して頂いた。継続してパワハラを受ける中ではあるものの症状は改善されてきて、化粧水も付けられるようになったと喜ばれた。完全に改善された訳でもないので、引き続き同じ処方を継続して服用して頂いた。その後、自分の判断で間歇服用するようになり、症状はほぼ改善された。
そのような中、ハードな仕事が続いて疲れると症状が少し出る。その時はしっかり服用すると忽ち改善する。
そうこうする内にパワハラ上司は異動になり、パワハラは無くなったが人員の補充が無く仕事としてはとても忙しくしていた所、突然、発熱し膀胱炎症状が出た。COVID19を一応疑ってPCR検査を実施したが結果は陰性で泌尿器科に受診した所、腎盂腎炎と診断され、ク〇ビ〇トと解熱剤が処方された。その後、微熱が続く中、陰部と口唇にヘルペスが出た。その翌日、眼にもヘルペスが出て抗ウイルス剤を7日分服用し、眼には眼軟膏と点眼薬を使用してヘルペスと腎盂腎炎は治まった。
一週間ほどが経ち、左頸部が腫れている事に気付き、寝違ったと思うほど痛みが出てきた。就寝は側臥位が痛みで出来なかった。その内、日中は36度~37度であるが毎日、夕方になると悪寒がして38.9度~39.6度Cに上がり、前述の腎盂腎炎は改善した筈なのに(念のためク〇ビ〇トは継続服用していたが)、不明熱はおかしいとして他医院を紹介された。そこで、診断されたのが“菊池病”であった。正式病名は“壊死性リンパ節炎”。
そこで、菊池病の漢方治療を請われたのである。頸部のリンパ節炎は肝経湿熱と考え “竜胆瀉肝湯”を投薬するのが基本であるがAさんの症状は悪寒が強く高熱を発しており、少し前に腎盂腎炎も罹患しているので“荊防敗毒散”(※)を14日分投薬した。服用する間、徐々に解熱して14日後に来局された時はすっかり解熱し頸部の腫れも少し残っているがほぼ改善した。菊池病は1~2か月で自然治癒する事が多いがAさんの主治医はステロイド治療を勧めた。本人がステロイドを使いたくないと断って当薬局に来られたのである。
菊池病は自然治癒しても5~15%の人は数か月~数年内に再発する。又、0,5~2%の程の致死率が報告されている。
WBC,RBCが軽度減少し、LDH,CRP,AST,ALTが上昇するが直接診断には結びつかず確定するには生検しかないとネットに書かれている。今後のAさんには本来の漢方医学の本意である未病を治す意味で、つまり、再発を防ぐ意味で解毒証体質の改善処方を服用して頂こうと思っている。
※荊防排毒散…
荊芥、防風、羌活、独活、柴胡、前胡、川芎、桔梗、枳殻、茯苓、炙甘草、生姜、薄荷で構成されている。
風寒湿の表証が目標で、つまり荊芥と防風で悪寒、発熱を改善して羌活、独活で嫌な痛みを取る(風湿を取る)。羌活、生姜は発汗、解熱にも働く。
漢方の風 46号 肺MAC症の漢方治療
漢方塾…肺MAC症の漢方治療
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄(昭)
抗酸菌群は結核菌群と非結核性抗酸菌群(Non‐tuberculous Mycobacteria(NTM)に分けられます。
非結核性抗酸菌による感染症を非定型抗酸菌症と言い頭文字を取ってNTM症と言っている。因みに定型とは結核菌感染を言う。NTMは土壌、水系、食物、動物に生息していて、肺や皮膚※等に感染症を引き起こす。
中でもMycobacterium avium とMycobacterium intracellulare の2種類の菌をComplex(合わせて)して、頭文字を取ってMAC菌と呼んでいますが、近年、世界中で免疫力に異常がないのに肺にMAC菌が感染する肺MAC症が増えている。
中年以降の女性に感染者が多いが、理由はわかっていない。近年、若い人にも感染者が出ていると言われている。
風邪も引いていないのに咳が続いたり、咳と共に痰に血が混じり(血痰)肺癌になったと悲嘆にくれて急いで病院にかかる人もおられる。反対に気管支拡張症や慢性気管支炎と診断されてきた人の中に痰を検査するとMAC菌が見つかるケースもあるそうです。
肺のNTM症の内、肺MAC症が70~80%でカンサシ菌(Mycobacterium kansasii)が肺に感染した結核によく似た肺カンサシ症が10~20%程度と言われています。症状は咳、痰、血痰、食欲不振、発熱、羸痩、全身倦怠感などです。
肺MAC菌は浴槽のお湯の注ぎ口やシャワーヘッド、湯垢、風呂場のぬめり等に生存していて、風呂掃除やシャワーを浴びた時などにMAC菌を吸い込んで感染すると言われています。又、土壌にもいるので土いじりをして感染することもあるそうです。
治療法は抗酸菌である結核菌に準じた治療が行われる。
具体的にはストレプトマイシン、カナマイシン、クラリスロマイシン、リファンピシン等の抗生物質とエタンブトールなどの抗結核剤を多剤併用して治療が行われる。
エタンブトールの視神経障害、肝障害。ストレプトマイシン、カナマイシンの第八脳神経障害による聴覚障害、腎障害等の副作用に注意しなければならない。
漢方治療の着目点は痰が多い事と倦怠感、食欲不振等から水毒と気虚が絡んでいると弁証する事である。
水湿が停滞すると水毒となって“痰”が多くなり、これは五行論で言うところの“土”である脾(消化管)の運化機能の失調によるものである。
他にも水湿の絡んだ症状としては浮腫み、食欲不振、倦怠感、頭重感、めまい、羸痩、軟便、下痢などの症状が現れる。
又、肺の機能低下(肺気虚)による症状としては咳、痰は勿論の事、息切れ、呼吸の苦しさ、動悸などがでる。感染にも弱くなり微熱や盗汗(寝汗)、数脈(さくみゃく:頻脈)といった風邪症状が出る。
薄い痰が多く出るようであれば水毒を取る沢瀉、白朮、蒼朮、茯苓などの入った処方を考え、風邪をひきやすい、倦怠感、食欲不振などの症状を改善するために人参、大棗、生姜、甘草、黄耆などの気を補う処方を用いる。
これらの根治療法に加えて咳症状を取る半夏、生姜、五味子、杏仁などを含んだ処方で標治療法を考慮する。
肺MAC菌の感染力は弱く、通常人から人へ感染することは無い。体力の落ちた免疫力の低下した人に感染する。なかでも肺の粘膜の乾燥した防御機能の落ちている人に感染するのである。従って滋陰しながら去痰し、肺と脾の虚を補って治療すれば良いのである。
生脈散、補中益気湯、四君子湯、六君子湯(加黄耆)、苓甘姜味辛夏仁湯、柴胡桂枝乾姜湯(加茯苓、杏仁)、参苓白朮散、帰脾湯、滋陰至宝湯、黄耆建中湯、人参湯、人参養栄湯…他から選用して治療すれば良いであろう。
※皮膚非結核性抗酸菌症:肘、膝、手、腰、下肢に膿疱、潰瘍、発赤、しこり等が現れる。
漢方の風 45号 痔の漢方治療
漢方塾…痔の漢方治療
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄(昭)
20歳代で大塚敬節先生の著による「症候による漢方治療の実際」に巡り合い、次いで矢数道明先生の著による「漢方処方解説」に出会い、それらの書物が私の人生に多大な影響を与えてくれました。
私は中学1年生の2学期になって勉強に目覚め、文机(ふづくえ)に座布団の姿勢で1日数時間自宅で勉強したものです。生来、凍傷の出来やすく血流の悪い体質である事と父親が痔の手術歴がある遺伝体質に加え座布団での長時間の座位は肛門部の欝血を生じるために“痔”の発生リスクは高く、案の定、痔に罹患した。母親が座薬と円座と乙字湯を近所の“I”薬局で購入してきた。早く治りたい私は漢方薬(乙字湯)が痔に効果があるとは、当時思いもしなかった為に服薬コンプライアンスは非常に悪く、主に座薬で症状を抑える事に専念していた。高校生になって症状は更に悪化して、痛みで授業に集中出来ずとても辛い思いをしました。それからというものは毎年5~6月になると必ず痔を発症して苦しめられた。あの痛さは本当に辛い。うっかり、くしゃみをしようものなら半日はズキンズキンと痛む。大学の合唱団の練習では複式で大きく息を吸うだけでズキンズキンと痛んだ。社会人になってから、前出の漢方書や他の漢方書に出会って、乙字湯の治験を読み、乙字湯の処方構成の薬草の働きを学んで、漸く乙字湯の絶大な効果を知った。其れからというものは服薬コンプライアンスを守り長期の苦しみからは解放された。
痔核(いぼ痔)は内痔静脈叢に生じた欝血が原因でできる内痔核と外痔静脈叢に欝血が生じてできる外痔核があります。内痔核の発生する部分(肛門から数センチ入った所に歯状線なる組織が有ってその歯状線より上部の肛門上皮部に発生する痔核)は知覚神経の分布は無く、痛みはありませんが外痔核の発生するお尻の出口に近い部分には下直腸神経や尾骨神経があって痛みが発生するのである。この外痔核が発生する部分には肛門括約筋があり、外痔核の痛みによって肛門括約筋が痙攣を起こすと痛みは激痛になり、座ることも歩くことも困難になり、前述のくしゃみをすると半日痛みが続くことになるのである。
痔の漢方治療は色々な方法がありますが、乙字湯を筆頭に桃核承気湯、桂枝茯苓丸、甲字湯、補中益気湯、当帰建中湯加減、麻杏甘石湯、桂枝加芍薬湯加大黄、柴胡桂枝湯、芎帰膠艾湯、芍薬甘草湯、紫雲膏、伯州散等を使い分けて治療することが出来る。勿論、証を弁証して他の必要な処方は併用する。大柴胡湯や半夏厚朴湯、黄連解毒湯(加大黄)、半夏瀉心湯等がそれである。
乙字湯は原南陽の経験方で当帰、柴胡、升麻、黄芩、甘草、大黄で構成されている。南陽は柴胡と升麻を升提(下がっているものを持ち上げる作用)の意で用いているが勿誤方函口訣(浅田宗伯)では湿と熱を駆邪する作用を考慮すべきと言っているが私は経験上どちらも有りと思っている。
他の手段としてはズキンズキンと痛んでいるときに生甘草を濃く煎じて温罨(おんあん)する方法もあります。
平成元年に漢方薬局を立ち上げた頃は痔の相談が多かったが大痔主の私が相談を受ける訳なので患者さんからの信頼は厚く、治癒率は高かった。中でも忘れられない治験があります。
57歳の男の患者さんで、主訴は本人曰く、小指大の大きさの脱肛でしたが、よくよく聞いてみると痛みはなく内痔核が弛緩性脱出を繰り返していた。つまり内痔核が排便時に毎回脱出する為、毎回指で押し込むのである。又、ゴルフのスイングをすると力が入って内痔核が脱出するのでゴルフは止めているとの事であった。その方は色白でビールが大好きで汗かき、寒がりで疲れやすく、軟便、時に下痢をすると当時の問診票に書いてある。桂枝加芍薬湯証と見なし、処方はせんじ薬で当帰建中湯に柴胡と升麻を同時に煎じて根気強く服用していただいた。すると、弛緩性の内痔核の脱出はすっかり納まって、排便時に脱出することがなくなり、ゴルフが出来るようになったととても喜んでいただいた。漢方薬は不思議に良く効くと言って数人の痔以外の方を紹介して頂いた。
40歳代の女性の外痔核は煎じ薬の麻杏甘石湯で2~3日で治まる。多くの痔の患者さんの相談を受け、痔の出血、痛みの対処法を会得した。
最近、前立腺癌を放射線で治療する方が多くおられます。週5日、約2か月間放射線を前立腺癌に向けて前後左右、数か所から照射するのであるが(最近、放射線療法が進歩して、5日間前後の照射で済む定位放射線治療も開発されている)、多くの方が放射線による爛が生じ排便時の痛みと出血に悩まされるのである。膀胱が爛れておびただしい出血の患者さんも相談に来られたことがある。当帰建中湯と芎帰膠艾湯との併用や補中益気湯と乙字湯の併用でうまく治療することが出来る。
漢方の風 44号 動的平衡
漢方の風…生物学者・福岡伸一先生の「NHK最後の講義」より
ひざ痛・偏頭痛の「動的平衡」的漢方治療。
膝の痛みを診て膝だけを見ては駄目。
偏頭痛は頭蓋内だけを見ては駄目。…生命は流れである。
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄(昭)
中学の理科だったか高校の生物の授業だったかで顕微鏡を発明した人はフックであると習いましたが、先頃、NHKで放映された生物学者、福岡伸一先生の“最後の講義”で、フックはアントニ・レーウェンフックが正式の名前だと知り、日本の江戸時代の初め頃にオランダで生まれ、約300倍の倍率を実現していた事を知りました。彼は学者では無く、アマチュアであったにも拘わらず、偉業を為したとの事。それは動物の精子を発見し、血液の中には粒子が流れている事、又、人体は細胞というユニットで出来ている事を発見したのである。
大学の一回生の薬用植物学での葉の構造の実験で顕微鏡を用いて、柵状組織や気孔をスケッチ(書きうつし)した時の倍増も300~500倍だった様に思います。
因みに福岡先生は幼少の頃、両親に買ってもらった顕微鏡で蝶の羽の鮮やかな鱗粉を見た時の感動(モザイク状の色鮮やかな別世界が広がっていた)が生物学に進んだきっかけだったそうです。
その講義の中で先生は自説の動的平衡を解りやすく説明されておられます。
70年ほど前、ドイツ生まれのアメリカの生化学者ルドルフ・シェーンハイマーは『生命は機械ではない、生命は流れである』…と唱えた。毎日、口から摂取する食べ物は全て燃えて、エネルギー化した後の残り糟が翌日、便となって出ているのではなく、その摂取した成分の半分以上は体の部分と入れ替わり、入れ替わった体の古い物質が便となって出ている事を同位体を用いて(マーキングして)発見したのである。つまり、1年前の身体は全て新しく入れ替わっている事を突き止めたのである。そこで、彼は前出の「生命は機械ではない、生命は流れである」…と言ったのである。
福岡先生は鼻の移植手術を例にとって説明された。鼻のどの部分迄を切り取って移植するかを考えた時、それは難しい。鼻の奥の嗅覚上皮細胞まで移植しょうとすると嗅覚上皮細胞は脳に繋がっており、脳迄をも移植するのか、となるのである。つまり鼻という機能を取り外して移植することは出来ない。結局、体全体を持って来ないと駄目なのである。生命体は全体のどの部分も繋がって居り、流れていて、鼻も生命体全体の一部に過ぎないのである。
例えば、膝は生命の流れの中に有り個別的ではなく、全身の一部である。膝の痛みを治療する時はその人の生命体を見なければならないし、滋賀県、日本、地球と言った広義の生命体を見なければならないと言う事になる。日本は四季があり梅雨がある。梅雨があれば人体は湿の邪で襲われる事になる。(例えば、乾燥したビスケットは湿気のある状況下では湿気てしまいます。実は人体も同じで湿に攻められているのである)。湿邪(しつじゃ)は取り分け脾胃を一番侵襲し易い。その結果、軟骨物質の吸収が悪くなり膝軟骨の生合成が充分出来なくなり膝痛が発生する。単にひざ痛を見てグルコサミンやコンドロイチンを投与すれば良いのではない。ましてや、貼り薬やNSAIDの内服も痛み止めに過ぎず根治は出来ない。
更に、ひざ痛は湿邪の他に、生体内で軟骨の生合成が充分でない腎虚(先天性や運動不足、房室の不摂生、食事の不摂生)も想定しなければならない、又、肝と腎の五行論の母子関係も考慮しなければならない。更に、痛みの他に水が溜まっている場合は水抜き漢方処方の何れかを併用して治療しなければなりません。
偏頭痛は脳内の血管が拡張して周辺の神経を刺激するから頭痛発作が起こるとされており(反対に収縮しての頭痛もあります)、拡張している血管を収縮すれば痛みが和らぐと考える事は至極当然である。が、しかし生命は流れており、自然界の流れの中に生命体があり、脳神経が有り、脳内の血管があるのであって決して静的機械的物質の一部ではないのである。
脳血管拡張は生体内の流れの問題、つまり胃が冷えていたり、消化管に水が溜まって居たり、又、ある人は腹腔内に血毒があったり、肝の気に問題があったりが原因で、それらの生命の流れの異常を是正する事を顧慮しなければ治療にならない。更に地球と言う生命体の観点からは自然界の流れ、即ち低気圧、電磁波も影響するのである。漢方医学では狭義の、更に広義の生命の流れを弁証して治療する事が何よりも大切である。決して画一的治療では有りません。患者様の生活様式もさることながら住居の周囲の環境(田圃、池、川、木々)も考慮して治療するのである。
福岡伸一先生は最後の講義の中でノーベル物理学賞の朝永振一郎先生の[滞独日記]の一節を説明されておられます。
機械論的な自然と言うのは、自然をたわめた作り物だ。
一度この作り物を通って、それから又、自然に戻るのが
学問の本質そのものだろう。
活動写真で運動を見る方法がつまり学問の方法だろう。無限の連続を有限のコマにかたづけてしまう。
しかし、絵描き(画家)はもっと他の方法で運動をあらわしている
…福岡先生はフェルメールは真珠の耳飾りの少女の作品でそれ迄とこれからの動きを表現していると説明されている。
そこで、福岡先生は
機械論的な生命観は、生命をたわめた作り物だ。
一度この作り物を通って、動的平衡な生命観に戻るのが
学問の本質そのものだろう
…と言って居られます。
医学はエビデンスの上に成り立っており、エビデンスは機械論的であるがゆえに秀才型の標準医療になってしまう。良い治療者になるには患者さんの動的平衡を考慮した医療を目指すべきであると話されました。
上述のひざ痛と偏頭痛の“漢方治療”はフェルメールの真珠の耳飾りの少女の表現と同じで何が原因で痛みが起こったのか(来し方)、そしてその体のひずみを是正するとどの様な過程を通って治癒していくか(未来)を考えたもので動的平衡の考えに近い様に筆者は思える。
漢方の風音 12号 コロナウイルスより深刻な不死身のスーパー薬剤耐性菌の出現
MRSA血流感染から腸腰筋膿瘍を形成した症例
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄
2016年9月、国連にて耐性菌に関する特別会合が開催された。議題は人類を危うくしている人為による3つの課題についてである。その3つの課題とは①地球温暖化②スーパー薬剤耐性菌③生活習慣病である。中でも薬剤耐性菌の問題は我々の孫の世代はおろか子供の世代に深刻な事態を惹き起こそうとしているのである。
私が大学を出て製薬会社に就職した52年前の丁度その頃(アポロ宇宙船が月に到達した年)、MRSA (Methicillin-Resistant Staphylococcus Aureus :メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が問題になっていた時期である。私の勤めた製薬会社にはMRSAに効果のある“オルベニン”という抗生物質があり,耐性菌については良く勉強したものです。
1928年(一説には29年)、微生物学者アレキサンダーフレミングが実験中、培養していたシャーレの一つに偶然、青かびが入り、その青カビの周りだけ、細菌の繁殖が抑えられている事を見つけ、精査して、青かびが出している成分が細菌を死滅させている事を発見したのである。フレミングはその物質をペニシリンとなづけた。ペニシリン発見後、増産には10年程掛かったのであるが、ペニシリンの効果は絶大で、1875年に特定の細菌が特定の感染症を引き起こす事が発見されて以来の感染症の恐怖から解放されたと世界の誰しもが思ったのである。アレキサンダーフレミングは当初から、感染症に対してペニシリンの使用量が少ない、つまり血中濃度が一定濃度に上がらないと細菌が死滅するどころか生き延びる事になり、ペニシリンに慣れて耐性を生じると警告を発していたのである。
その後、様々な抗生物質が開発され、養鶏、養豚、畜産や酪農など様々な分野で伝染病を防ぐ目的で抗生物質を飼料に混ぜて与えたのである。すると意外な事が分かったのである。抗生物質を家畜に与えると各家畜の発育が促進され、収穫効率を上げる事が分かり(一定期間与えると15%体重が上がる)、その結果抗生物質は産業を活性化し、増々需要が増えたのである。その頃の抗生物質は家畜の病気の治療、予防ではなく成長促進剤として使われ、5年間で200トン以上の抗生物質が家畜に与えられたのである。こうして、家畜の腸管で耐性菌が生まれ、糞便に排泄され、そこに群がったハエが耐性菌を運び限りなく人間社会に伝播していったのである。
50年前から世界の医学者、微生物学者達は耐性菌の問題は重大案件であると共通認識を持っていたのですが、50年後の今、事態は改善されるどころか益々悪い状況を招いている。
1950年頃、慶応大学医学部の渡邊力博士(48歳胃癌で死去された)は多くの病原細菌が同時に多数の治療薬剤に対して抵抗性を獲得する機作が新しい型の細胞質遺伝物質(又は核外遺伝物質)によって説明されることを発見し、これに多剤耐性因子と名付けた。世界の微生物学者が驚いた偉大な発見であった。
この多剤耐性因子の正体はプラスミドであることが後に判明する。それまでは遺伝形質・DNAにより親から子と縦の繋がりで耐性が伝播していくと考えられていたのですがこのプラスミドの発見により横の伝播が発見されたのである。つまり、異種間の細菌のやり取りで耐性が広まっていく事が分かったのである。
2007年インドでプラスミドの一種であるニューデリーメタロβラクタマーゼ(略称NDM-1)が発見され、2012年にはNDM-1の変異系が世界中で42種類の細菌に、55か国に拡散している事が分かった。
細菌はグラム陰性、グラム陽性、マイコプラズマ、リケッチア、クラミジア等に分類されますがペプチドグリカン層で構成された細胞壁を持たないマイコプラズマやリケッチア、クラミジアを除いて大多数のグラム陽性、陰性細菌の細胞壁の合成を阻害して殺菌する最後に開発された「カルバペネム系」抗生物質が効かない事態の到来を意味している。カルバペネム系抗生物質は最後の手段として取っておくべきと主張している学者が多い中でカルバペネム系抗生物質を良く使う病院では院内感染が多く発生していると言われている。
2018年バングラデシュ、ダッカの病院では正常分娩で生まれた新生児が母親の膣内の耐性菌感染の影響で20~30%の割合で死亡している現状がある。
最近、特に問題になっている菌に肺炎桿菌があります。これは1958年に開発されたポリペプチド系ポリミキシン製剤:「コリスチン」がこの肺炎桿菌に特異的に効果があり、世界的に肺炎桿菌に対する最後の切り札とされてきた。このコリスチンにも、例外なく家畜の餌に多用されてきた影響で2015年に耐性を持つ遺伝子『MCR-1』が特定された。2017年に家畜に与える事が禁止になったが耐性菌を研究している学者達は世界の終わりを覚悟した。
このままでは2050年には一切の外科的治療、歯の抜歯、虫垂炎、形成外科、癌の除去術…すべての手術が出来なくなるのです。世界で豊であろうが貧しい国の人であろうが誰もが手術は出来なくなり、年間1000万人が死ぬ事になるそうです。当然GDPにも影響して世界不況を招くと言われている。
数年前、ある人の紹介でMRSA(耐性黄色ブドウ球菌)血流感染から腸腰筋膿瘍を形成した患者さんが来局されました。当初、腰痛は勿論、40度を超える発熱があったそうです。長期の入院後、自宅療養で1日アモキシシリン8カプセルを服用しているものの腰痛、倦怠感、微熱が取れず困り果てているとの事でした。
そこで、黄耆建中湯の煎じ薬を投薬し、最初の3日間のみ、オーストラリア産の牛黄を併用して頂きました。20日分服用後、腰痛は少し残っているもののほゞ9カ月ぶりに平熱になったとの事。都合、1カ月半服用後、体のだるさは取れて、熱は以来ずっと平熱で元気を取り戻し、諦めかけていた仕事も再開したと喜んで戴きました。つまり患者さんの免疫力が勝った結果である。
漢方の風 43号 芍薬甘草湯
漢方塾…不育症(流産癖)・妊娠中の咳
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄
過日、NHKで多剤投薬のリスクについての番組がありました。
多剤服用の高齢(80歳)の女性が自宅で眩暈を起こして昏倒して酷い内出血を起こし、その後、寝たきり状態で要介護になった症例を挙げて、これは多剤投薬が原因で、その後然るべく先生の指導の下、減薬した所、その女性は鬱症状、不眠も無くなり元気さを取り戻された。
番組では穏やかさを取り戻し、減薬した医師への感謝の気持ちと共に喜びの表情を映し出していた。
多剤投薬のリスクを指摘した医師の話では概ね6種類以上の服薬で危険度が大きく上がる旨の説明をされていました。
勿論、6種類以下でも副作用は出るであろう、又、6種類以上でも大丈夫な場合も有るでしょう。つまり、絶えず多剤投薬の副作用に気をつけなければならない。
患者さんの服薬指導の現場に居る我々薬剤師の調剤業務は勿論の事、一般薬を販売している薬剤師も含めて配合禁忌や飲み合わせの不都合のチェックのみならず多剤投薬(健康食品も含めて)のリスクも考慮しなければならない。
医薬品はMain Effect(主作用)に対してSide Effect (副作用)が必ずあります。
患者さんに投薬する際はこの事を確り肝に銘じておかなければなりません。
ここからが本題ですが二度の不育症を経験された30歳代の女性が無事の妊娠と出産を期待して当薬局に相談に来られました。
最初の望診と聞診では、何となく疲れていて、色が白く、声の覇気が弱いと判断しました。そこで、先ず芎帰調血飲第一加減と当帰芍薬散と補中益気湯を組み合わせて服用して頂き最後に半夏瀉心湯と芎帰調血飲第一加減を服用して妊娠にこぎつけた。その後、安定期に入ってから出産まで漢方薬を服用して頂き無事、不育症を克服して元気な赤ちゃんを出産されました。
その報告の際、もし、2人目が欲しいのであれば産後少し日数を置いて芎帰調血飲第一加減を長服し、母乳の与乳は7カ月を目途にして下さいと指示をしておいた。
一年ばかり経って、二人目を妊娠した(第3週)と来局されました。
気が付いたら子宮脱を起こしているとの事で当帰芍薬散と補中益気湯を服用して頂き子宮脱は解消された。
数カ月が経った連休の最中(さなか)、お腹の大きいその患者さんはひどい咳で一睡も出来ず、流産も心配で翌朝ご主人に運転してもらい休日診療を受診されました。
そこで、処方されたのが小青竜湯であった。帰宅後、早速服用し、その後3回服用したが一向に良くならず寧ろ余計に悪くなった様な気がするとの事で連休明け後の朝一番に当薬局に相談にお見えになりました。
妊娠中はプロゲステロン(黄体)期と同じで体温が高く、その結果妊娠中の風邪は咳が強く出て中々止まらない。そもそも小青竜湯は乾姜、桂皮、細辛で肺を温めて咳を鎮めるのですが妊娠で体温が高く肺が熱を持っている患者さんに小青竜湯を投薬すると火に油を注ぐ事になり、咳が更に酷くなります。ましてや、麻黄が一日量として3g入っていますので、元々不育症のこの患者さんには子宮筋を収縮させて流産する可能性も出てきます。そこで、小青竜湯は中止して頂き麦門冬湯を服用して頂き事なきを得た。
端を更めますが、最近、地球温暖化の所為か腓腹筋攣縮(こむら返り)を起こす方が多く見受けられます。そこで、巷でよく処方されるのが芍薬甘草湯(各メーカー共通の68番)です。
芍薬甘草湯には甘草が6g/日入って居り、その副作用である偽アルドステロン症については注意が必要です。
そこで、偽アルドステロン症について復習して見ましょう。
甘草に含まれるグリチルリチンは腸内細菌によりグリチルリチン酸に代謝される。このグリチルリチン酸がコルチゾールをコルチゾンに変換する酵素(11β-Hydroxy steroid-Dehydrogenase type2)の働きを抑制する。その結果、鉱質コルチコイド作用の有るコルチゾールが増加する。コルチゾールは浮腫、高血圧、低カリウム血症を惹き起こし、四肢の脱力等を発症する。甘草1gの長期服用で1%発症し6gで11倍の11%発症するとされている。そこで、芍薬甘草湯には甘草が6g入っているので偽アルドステロン症を発症するリスクが高いので充分注意する必要が有ります。
甘草含有漢方薬の投薬についてある学者は甘草2g/日以下にする事が発症予防につながると言って居られます。
20数年前漢方医学を志している旧知の薬剤師は甘草を炙って炙甘草にすると偽アルドステロン症のリスクを減らす事が出来るであろうと推論を言って居りました。そこで、当方担当のMRさんに尋ねてみた所、その様にリスクを減じる事が出来ると言っている先生は多くおられるとの事でしたがエビデンスは分かりません。
甘草と炙甘草の薬性の違いは、甘草は瀉剤(しゃざい)であり心火や所謂、熱火を瀉す作用があり、一方炙甘草は脾胃の不足を補い、上焦、中焦、下焦の三焦の元気を補うとされています。
傷寒論の中では70処方に甘草が含まれており、その内、甘草は少陰病篇に出て来る桔梗湯と甘草湯だけであとは全て炙甘草(甘草を炙る)を使う様指示している。
各メーカーの葛根湯始め68種類のエキス剤は炙甘草を使用しているかは不明であるが添付文書には甘草と表記されていますので炙甘草は使われていないと思われます。と言いますのも炙甘草湯の甘草は炙甘草と書かれている事から類推出来ます。
芍薬甘草湯は『傷寒論』太陽病上篇の最後に記載されています。参考までにその条文を記します。
傷寒脉浮。自汗出。小便數。心煩。微悪寒。脚攣急。反與桂枝湯。欲攻其表。此誤也。得之便厥。咽中乾。煩躁。吐逆者。作甘草乾姜湯與之。以復其陽。若厥癒足温者。更作芍薬甘草湯與之。其脚即伸。若胃氣不和。譫語者。少與調胃承気湯。若重発汗。復加燒鍼者。四逆湯主之。
問日。證象陽旦。按法治之。而増劇。厥逆。咽中乾。兩脛拘急而譫語。師曰。言夜半手足當温。两脚當伸。後如師言。何以知此。答曰。寸口脉浮而大。浮則為風。大則為虚。風則生微熱。虚則两脛攣。病證象桂枝。因加附子。參其間。増湯令汗出。附子温脛。亡陽故也。厥逆。咽中乾。煩躁。陽明内結。譫語煩亂。更飲甘草乾姜湯。夜半陽氣還。兩足当熱。脛尚微拘急。重与芍薬甘草湯。爾乃脛伸。以承氣湯微溏。則止其譫語。故知病可癒。
陽旦とは日中の事で陽旦病は太陽病(寒気がし、脉は浮いて、頭から首筋が強張って痛んだり、汗が有ったり無かったり、場合によっては関節が痛んだりする)を意味する。
そこで、太陽病では無いのに間違って太陽病だと軽々に弁じ、桂枝湯や葛根湯、麻黄湯、小青竜湯等を使い、誤って発汗した時は様々な害(症状)が出る。これは決して副作用では有りません。手足が氷の様に冷たくなり、両足が攣縮したり、煩躁してうわ言を言ったり、ダラダラと大汗をかいて心臓が止まりそうになったり、場合によってはそのまま死を迎えたりもする。
上記の処方の中で一番作用の弱い桂枝湯でさえ起こりうるのだから、ましてや麻黄湯、葛根湯、小青竜湯等は注意して弁証しなければなりません。
漢方の風 42号 AD(注意欠陥症)/ HD(多動症)
漢方塾…AD(注意欠陥症)/HD(多動症)
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄
医学の言葉でADと言えば
- Alzheimer‘s Disease(アルツハイマー病)
- Atopic Dermatitis(アトピー性皮膚炎)
- Attention Deficit(注意欠陥症:注意欠陥障害)
を主に思い起こします。
Attention DeficitはHyperactivity Disorder(多動症:HD)の症状を往々にして併発しますのでADHDと並び称せられることが一般的です。
過去にアルツハイマー型認知症とアトピー性皮膚炎については以前に漢方医学サイドからの私見を漢方の風で書きましたが今回は注意欠陥障害/多動症について書いて見たいと思います。
注意欠陥症/多動症の症状は「不注意」「多動性」「衝動的な行動」といったものが知られておりますがその発症原因は定かでは有りません。
“脳の体積が小さく成っているから”や“左右にある海馬の形が非対称でその結果左右の海馬から出される脳波のネットワークが不均一になるのが原因”や“前頭前野に問題があるから”等の説が唱えられております。
ここでは大脳の前頭前野(ぜんとうぜんや)に問題がある説を取り上げて漢方医学的アプローチを書いて見たいと思います。
多様なストレスや不安感が続くと前頭前野の働きに悪影響を及ぼすと言われています。
前頭前野は人間らしさ、つまり思考や創造性を担って居り、反応抑制(行動を起こすときに不適切な行動を抑制し適切な行動を実行する)や、推論(生物は生存の為に外部環境において適切な行動の選択を迫られる。その際、過去に経験して得た知識のみから行動を固定的に選択するのではなく、それらを組み合わせて柔軟に行動をする事によって新しい事態に備える)等によって、判断力、適切な感情の発現などを主っています。この部分に問題が生じると注意力が散漫になり感情のコントロールが上手く出来なくなるとされています。
前頭前野に問題がある人は往々にして神経伝達物質であるドーパミンやエピネフリンが不足しており西洋医学では神経伝達作用を惹起するドーパミン製剤を投与して症状を改善します。
ドーパミン製剤は全身の神経の興奮度を高めますので、どうしても副作用を免れる事は出来ません。
副作用の一例としましては交感神経の働きを高めますので腸管(小腸、結腸)の働きを抑えて便秘を惹き起こしたり膀胱の平滑筋の緊張度を弛緩して排尿を阻害したりします。
一方、東洋医学では五蔵の一つである<肝>が自律神経始め精神状態をコントロールしていると規定しており、肝が不調になると情緒が不安定になりイライラ感が出たり、少しの事で怒りが表れたり、落ち着きが無くなったりします。従ってADHDの症状が表れたら先ず肝の陰陽に着目して弁証します。
肝の陰とは肝の血(けつ)であり、肝の陽とは気の働きであり気の流れを言います。肝の陰と陽はお互いに制御し合ったり、お互いを生じたりしています(陰陽互根)ので肝の陰(血)が不足すると肝の陽である気の働きが過剰になり怒りやイライラ感や落ち着きが無くなったりします。従ってADHDの漢方治療は先ずは肝の血を増やす薬草(地黄、当帰、酸棗仁、阿膠、竜眼肉、芍薬、鶏血藤等)を考慮し、気の鬱滞を疎通(そつう)させる薬草(柴胡、香附子、枳実、陳皮、半夏、厚朴等)も考慮しなければなりません。
又、<心>も精神活動に関わっていますので心の陰陽も考慮しなければなりません。
心の陰である心血を増やす上記の補血薬草を考慮し心の働きつまり精神生活を担保しなければなりません。
更に<肝>と<腎>は五行学説では母子関係に有り又、肝腎同源といって肝の働きが失調すると腎の働きに悪影響を及ぼします。
腎は成長、発育、発達、生殖を主って居りますので場合によっては補腎薬も考慮しなければなりません。
更に漢方医学では寒熱つまり、寒の症状か熱の症状かも弁証します。
熱証(熱の症状)になるとイライラ感が出てきます。従ってその方のイライラ感を熱証と捉えた時は熱証を取り去る薬草(清熱薬)で熱を取って気持ちを落ち着かせます。
又、気持ちを安定させる働きの事を安神作用といいます。
重鎮安神薬である竜骨、牡蛎を使う事も有ります。
肝の陽の気の上衝はイライラ感や怒りを惹き起こしますので、肝気の上衝を引き下げる薬草である釣藤(カギカズラ)を使う事もあります。
肝の失調がADHDの原因とした時、現代人は多かれ少なかれ発達障害を発症する可能性を持っていると言っても過言ではないでしょう。
(因みに今現在の統計では20人に1人がADHD症を持っていると言われています。)
片付けが出来ない人、人の話を最後まで聞けない人、自分の思っている事を話さずにはいられない人、話している間に自分が何を言っているのかが分からなくなる人、物忘れをし易い人等、私の周囲にも沢山の人がおられます。勿論、私も然りですが肝の失調を惹き起こすストレスが複雑に入り乱れている現代社会では益々後天的ADHD症は増えていくであろう。
最近、当方が優先道路を走っている時、右から明らかに狭い、狭小の道路から一旦停止することなく右折して来る車と衝突しそうになるケースを度々経験しています。これは前頭前野での「反応抑制」が出来ていない為ではないでしょうか。
漢方の風音 11号 片頭痛・月経痛・便秘(五積散の使い方)
漢方塾…片頭痛・月経痛・便秘(五積散の使い方)
なかがわ漢方堂薬局 中川義雄
先日、長年行きたかった壱岐の島に行ってきた。中学の「地理」で勉強した時に何故か行ってみたいと思った所が2か所あって1つが北海道の然別湖で、あと1つが壱岐の島であった。然別湖は過去に二度行きましたが壱岐の島は今回が初めてで長年の夢が叶いました。博多からジェット船に乗り1時間強で渡島出来ます。日本の3大遺跡の1つである原(はる)の辻遺跡(3大遺跡※1:登呂遺跡、吉野ケ里遺跡、原の辻遺跡)があって、弥生時代にこの小さな島に大陸文化が渡って来て交易が始まりとても栄えた事は驚きであった。因みに魏志倭人伝に壱岐国(一支国:いきこく)の記述があります。
島には戦時中に作られた巨大砲台あとがあり、又、島の近くの沖合に自衛隊の護衛艦らしき艦船が2隻停泊しており本土を守る前線に近い場所である事を思い知りました。
執権北条時宗の鎌倉時代に日本の征服を試みた元のフビライハンは先ず大陸に近い対馬で残虐な殺戮を繰り返し、次いで壱岐の島でも同様に殺戮を行い、九州上陸を果たそうとしました。所謂、蒙古襲来(元寇)である。
つまり対馬、壱岐は大陸から日本本土への中継地点でその昔大陸文化が壱岐の国にやって来て交易が盛んになり栄えた事は十分想像できる。因みに対馬と九州の中間地点に壱岐の島があります。
旅の途中私の専門の漢方医学はこの壱岐の国の繁栄があったにも拘らず何の説明も文書も耳にも目にもしなかったのは、卑弥呼の邪馬台国の時代の医学は「巫医」※2(ふい)であったからであろう。卑弥呼そのものが巫医を行っていたとされる時代であり、漢方医学が無かった事は想像できる。
我が国で、漢方医学が初めて登場したのは平安時代に中国の宋・金元医学を学んだ丹波康頼が著した医心方が始まりで、それ以前の弥生時代の壱岐国(一支国)では存在していなかったのは当然であろう。
中国の張機(字名を張仲景と言う)が著した最古の医学書「傷寒論」は後漢(AD25~220年)の時代で日本では弥生時代後期に相当し魏志倭人伝(AD290年頃)に記載されている邪馬台国・卑弥呼(AD240年頃没)の時代である。壱岐国(一支国)の原の辻遺跡はBC300年~AD300年頃迄とされており大陸と交易が有ったとしても漢方医学は伝来していなかったのは当然であろう。
端を更め、今回は今まで漢方塾で出て来なかった五積散の使用経験を書いて見たいと思います。(五積散:当薬局ではエキス剤ではなく原末散剤を使用しています)
片頭痛でお困りのAさんは元来冷え症で、冷えが強くなるとのぼせも同時に起こって来る。同時に前後にやって来る月経は激痛を伴い、耐えがたいと言う。肩凝り、鳩尾の痞え、耳鳴り、眩暈、動悸、微熱もあって訴えを聞いている私も同情を禁じ得ません。
五積散は“気血痰寒食“による積聚(つまり五積)を取るとされている。構成生薬は当帰、芍薬、川芎、白朮、茯苓、厚朴、陳皮、半夏、白芷、枳殻、桔梗、乾姜、桂枝、麻黄、甘草、大棗で構成されており、桂枝湯、麻黄湯、半夏厚朴湯、苓桂朮甘湯、苓姜朮甘湯、二陳湯、平胃散、四物湯の方意を含んでいる。
そこでAさんには五積散に呉茱萸、延胡索を併服して頂き、頓服に呉茱萸湯を服用して頂いております。
Bさんはやはり頭痛、胃痛、胸やけ、悪心、強い月経痛、疲れやすい、お腹が張る(腹満)、痺れ、冷え性でお困りです。この女性にも五積散に呉茱萸、延胡索、時に香附子を兼用して頂いた所、具合が良く長期に服用して頂いております。
Cさんは赤ら顔で冷え性、便秘でお困りの年配の女性で五積散と麻子仁丸を兼用して長期に亘って服用頂きました。服用後体調が良く排便もスムーズでとても喜んで戴きましたが高年齢で残念ながらお亡くなりになりました。この女性は痩せ型で冷え性にも拘わらず何れかの薬局で三黄瀉心湯(大黄が入っている)の錠剤を進められて長く服用されておられました。三黄瀉心湯は冷やす作用が強い為、当然この女性は排便は出来るものの快便にはならず結果的には更なる便秘体質を生じる事になる。
他には腰痛、冷えを伴う婦人病に良く使って居ります。
※1登呂遺跡、吉野ケ里遺跡、長野県の平出(ひらいで)遺跡を3大遺跡と称する事もある
※2《「ぶい」とも》巫女 (みこ) と医者。また、両者の役割を兼ねた者。
漢方の風音 10号 漢方書との出会い(化膿症、腫物)
漢方書との出会い(化膿症、腫物)
中川 義雄
昭和44年大学を卒業して直ちに製薬企業に就職し、MR(Medical Representative :医薬情報担当者とは名ばかりで当時はプロパーと称し、添付による値引き合戦やドクターへの贈り物等の手段による自社製品販売が主要な仕事であったが、時に本来の医薬情報業務をする事もあった)の立場で医療界に身を置きましたが、業務内容が馴染めず1年足らずで退社しチェーン薬局に再就職しました。スーパーのテナントの薬局の店長として赴任して間もなく、先輩の岡本先生(故人)…彼も又、製薬会社に就職されましたが肌に合わなかったのかは承知していませんが早期退社して同じチェーン薬局に再就職されました…から奨めて頂いたのが大塚敬節著「症候による漢方治療の実際」と言う分厚い漢方の専門書です。当時の製薬企業の初任給が2万~3万円の時代に1冊が4000円で非常に高価な本でした。
然しながらこの一冊は、仕事内容は勿論の事、西洋医学になにか違和感を感じていた私に強烈なインパクトを与えてくれました。その違和感とは、西洋医学は感染症に対しての抗生物質は別にして慢性疾患に対しての真の治療である体質改善をすることが果たして出来るのであろうかと言う疑問であった。
当時、漢方理論が有る事も知らなかった私でしたが(漢方は経験医学で理論は無いと思っていた)、本を開いて見ると、めまい、片頭痛、咳、排尿異常、不妊、肩こり、悪心、視力障害、嚥下障害、等の漢方治療法が口訣(くけつ)の様に事細かく書かれていて無我夢中で読み、読んでいる途中からどんどんと面白くなって来て忽ち読み切りました。読後は人生を左右するとても大きな希望と灯りを与えてくれました。 それは、私が小学生低学年の時、隣近所の3名の先輩(3歳から6歳年長)に、探検と称し、連れられ、逢坂小学校の奥の朝日ヶ丘から浅井山の奥へ奥へと分け入り、途中から道に迷い、幼少だった私は必死の思いで後をついて行き、その内に日が暮れてきてほぼ暗闇の中を歩くことになりました。彷徨い歩いている内に漸く遠くで一軒家の窓明かりを見つけました。辿り着いたところは膳所の山里でした。この本との出会いはその時の灯りを見つけた時の感動に似た出来事でした。
そんな折「化膿症、腫物」編の最初に記載されている「十味敗毒湯」の使い方を読んでいたが為に一命が救えた奇跡の様な経験をしました。
スーパーのテナントの薬局の店長として働いていた24歳の頃の経験です。定期的に500グラムの平綿(ひらめん)を買いに来られるお客さんがおられました。余りにも何度も買いに来られますので、ある日、思い切ってその用途を聞いてみたのである。病名は不確かですが要約すると最初、足の指が化膿して腐敗した為に指を切断した。すると暫くすると切断部が再度化膿して腐敗してきた為に足首から先を切断したとの事。すると、暫くして再度切断部分が化膿して腐敗して来たので今度は膝の部分を切断したとの事。再度、同様に化膿、腐敗してきたので大腿部を切断した。私が思い切って訊ねてみた時が当にその大腿部が化膿してきた時であった。次は最早、切断部が無いので途方に暮れて、死を覚悟しているとの事でした。
そこで、化膿症、腫物編に書いてある「十味敗毒湯」を大塚敬節先生の本を開いて、見せながらひょっとしたら効果が有るかも知れないと思いお薦めしたのである。
数日後、すっかり忘れていた頃にそのお客さんが、ふと来店されまして、化膿が止まったので更に1箱を買いに来たとの事でした。更にその数日後、すっかり傷跡が綺麗になったと菓子折りを持ってお礼に来られました。因みにその時の十味敗毒湯は原末と釜で煎じたエキス剤とを混ぜ合わせた製剤であり、原末が入っていた事が功を奏したのだろうと思って居ります。
その後、妊娠中毒症後の腎炎(蛋白+4、尿潜血?+)で強い倦怠感の方に柴苓湯で、潰瘍性大腸炎で人工肛門の施術日程が決まっていた方が帰耆建中湯他で手術を回避出来た方、心臓の病気(病名は不明)で手術日が決まっていた方が手術を回避出来た…等この大塚敬節先生の本を参考にして多くの方の健康に寄与出来た。
そののち、陰陽虚実の弁証法や五行論、気血水(きけつすい)理論を勉強して、再度読み返した時、この本の真の素晴らしさが理解出来、更に様々な疾患でお悩みの方の治療のお手伝いが出来るようになりました。今ではこの十味敗毒湯の使い方はただ闇雲に使っては駄目で十味敗毒湯“証”(症では無く)を把握した上で使用すると様々化膿性疾患を上手く治療する事が出来ます。現在の当薬局では抗生物質代わりに他処方として「荊防敗毒散」「千金内托散」をよく使います。
大学の2年先輩で同じMRを経験して薬局に転職された同じ境遇の故岡本邦夫先生は西洋医学に自分の道を見いだせず東洋医学に関心を持ち大塚敬節先生の本と出会い、後輩の私に勧めてくれました。
故岡本邦夫先輩には今なお感謝しております。因みに岡本邦夫先生は大学の合唱団の先輩で音楽的素養が素晴らしく私が入団した時の指揮者で選曲が「眠れ幼き魂」「童謡」「真間の手古奈」「スティーブンフォスター集」「旅」「蔵王」「子守歌」「富士山」等、反戦の歌からミュージカル、童謡迄幅広いレパートリーを目指されておりました。
漢方の風音 9号 腸内フローラ 自律神経失調症 生理痛 口内炎
腸内フローラ。自律神経失調症。生理痛。口内炎
なかがわ漢方堂薬局 中川 義雄(昭)
可成り以前、口内炎と腸内細菌とその漢方治療について薬剤師会の会報に寄稿した事が有ります。
通常は腸管内に有るある種の細菌がビタミンB2を作り出し、そのビタミンB2が補酵素として働いて代謝(クエン酸サイクル)を円滑にして口内炎を防いでいるのだが、そのB2生産細菌が何らかの理由で減少した時に口内炎が発症します。漢方医学では<上熱下寒>と言ってお腹が冷えてゴロゴロと鳴ってトイレに行き下痢をする(下寒)…その結果、ビタミンB2生産細菌を下痢で消失する。一方、上半身は熱を持ってニキビが発生したり脳が興奮して不眠だったり、又、炎症を発生しやすい状況を作り出す(上熱)。その結果、その両面が相まって口内炎が発生します。
上半身は熱を持ち下半身(お腹)は冷えて下痢をする時に半夏瀉心湯を服用してお腹を温め、(上である)口内の熱を冷ますとその細菌が再び増殖してビタミンB2を作り出し、その結果、口内炎は治癒するのである。
これは腸管内の細菌が人の健康に大いに係っている。つまり後出の腸内フローラが疾病に関与している事を示唆しているのですが当時、今ほど腸管と健康の因果関係は分かっていなかった。只、アメリカのハウザー食の提唱者であるゲイロード・ハウザー博士は腸管と健康の関係を説いて、乳酸菌、酵母を主成分にしたハウザーローヤルを上市していた。同時にハウザー小麦胚芽とケールを主成分にした緑の野菜…ハウザーグリーンを摂取することを提唱して健康長寿法を説いた。当時、医学界はその説には殆ど関心が無かった様に思います。
最近、その腸管内の細菌叢(腸内フローラ)と疾病との関係が多方面(主にアメリカ)で研究、発表されている。アメリカでは慢性疲労症候群や鬱病、肥満の患者さんに健康な人の糞便を移植して夫々の疾患を治療する試みがなされて良い成績を収めている。
最近では30種類の病気と腸内フローラが関係していることが解明されている。糖尿病、癌、肥満、アレルギー、鬱病、慢性疲労症候群などである。
腸内フローラはテレビで再三、取り上げられて放映されており、視聴された方も多いかと思います。
そこで、漢方医学と腸内フローラとの関係を考えて見ましょう。
四逆散(柴胡・芍薬・枳実・炒甘草)と言う漢方処方が有ります。この処方薬は「肝気鬱結」を目標に使用します。肝気鬱結とは肝の本来の働きが疏滞した状態を言います。肝は感情、情緒を主っていますので、肝の気が疏滞すると感情、情緒が鬱滞します。つまり、鬱症状や不安感やイライラ、自律神経失調症と言った症状が出てきます。肝の経絡は子宮、卵巣に繋がっていますので生理痛や月経不順も出てきます。「五行論」では肝は自然界の木に配当します。木は土(土壌)の栄養を吸い上げて宇宙へ向かってノビノビと伸びて行きます。謂わば、土の犠牲の上に乗っかって居るわけです。従って木と土は良好な関係ではありません。
臨床では、四逆散は木(自律神経等)が伸びやかでない時に効果を発揮してくれます。
肝の気が異常になれば「脾」である土(土壌)にも悪影響を及ぼしてきます。「脾」とは胃、腸管などの消化器官全般を主る臓器を言い、自然界では土に配当します。現代医学の脾臓とは違います。
ここで、自律神経と消化器官、主に腸管との関係が分かって来ます。正常な腸の働きと自律神経、脳神経には相関関係がある訳です。
自律神経が安定し感情が安定している時は腸内も安定している事が理解出来、感情が鬱的であったり、ストレスを受けている時は腸内フローラも正常さを失う事になるのである。
正常な脳のネットワークを維持する為の主な刺激電動物質はセロトニンである。人体のセロトニン分布は腸管が90%で脳内が2%であり、最近の研究で脳内のセロトニンは腸管から供給されていることが解明されている。腸内環境が良いと脳にセロトニンを確り供給出来る事が想像できます。
以上の事を踏まえると肝の気の鬱結を治療する「四逆散」の重要さが分かります。
以前、※大津市薬剤師会の会誌に腸管侵漏症(腸漏れ)の記事を書いたことが有りますが、その内容は本来吸収されない分子量の大きい物質(ホルモン剤や未消化の蛋白質等)がひび割れした腸管から侵入して腸管の神経叢と抗原抗体反応を起こし、腸管の神経叢と発生学的に同じ脳内の神経に抗原抗体反応が波及して委縮症やパーキンソン病を惹起していると言うものである。これも又、腸と脳の病気の関係性を言ったものです。
※詳しくは当ホームページに記載してあります。