アトピー性皮膚炎・滋賀県・漢方薬 | なかがわ漢方堂薬局

〒520-2153 大津市一里山2-14-13 一里山ユーベルハイム2F

Archive for the ‘漢方の風’ Category

32号 漢方の風 ー陰陽学説から見た流産癖、ひざ痛

2013-01-25

 漢方医学は陰陽学説的弁証法を拠りどころとしている。古代中国人が生活の中で自然現象を長きに亘って観察し、宇宙間の全ての変化を解き明かした思考システムである。全ての事物には相対する陰と陽が存在しており、その陰と陽が相俟って(相互作用して)その事物の運動、変化、発展の原動力になっているとしている。陰と陽は夫々単独では存在する事が出来なく、陰陽は夫々相手の存在を自分の拠り所としている。乃ち上が有っての下であり、上が無ければ下が無い。熱は陽であり寒は陰であり、寒が無ければ熱を論じる事が出来ないといった具合である。つまり陰と陽は夫々単独では存在する事が出来ないのである。  宇宙は陰と陽の相互作用で成り立っている。又、漢方医学では人体を小宇宙として捉え、人体も陰陽のバランスで成り立っているとしている。そして、更に小宇宙である人体は大宇宙の中にバランス良く存在している事も大切としている。  この陰と陽は漢方治療においては絶対である。小宇宙である人体には陽である“気”(目に見えない)と、陰である“血”(目に見える)が存在し、気が血(物質)を生じ血(物質)が気を生じている。言い換えると色不異空(しきふいくう)、空不異色(くうふいしき)、色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)と通じる所がある。それ故、物質(色、陰)だけを論じても駄目なのである。物質である陰を生じるには陽が必要だからである。

 

 最近、ひざ痛に良いとしてグルコサミン、コンドロイチン、コラーゲン等のCMが様々な媒体で目にしたり耳にしたりします。又整形外科ではコラーゲンの注入が良く行われています。どちらも軟骨を作るが為の物質であり行為である。これらでひざ痛が楽になった方は沢山おられますが、効果がない方もおられます。色(しき)である物質(グルコサミン、コンドロイチン、コラーゲン等)を軟骨にする為のある種の気の力(作用)が働いているが為に軟骨は作られているのであり、若しこのある種の気の力(作用)が弱っているひざ痛の人にはコラーゲンを注入しても効果は少ない。前述のひざ痛が治まった人達はラッキーにも未だ気の力が残っていた人達である。漢方処方としては独活寄生丸を用いると良い。

 

 流産を繰り返すAさんは、精神的にも肉体的にも弱っておられた。子供が欲しいが、又、流産してしまう不安感で途方にくれておられた。不妊ではなく妊娠を持続する事が出来ないのである。そこで当薬局へ相談に来られたのである。現代医学的治療ではアスピリンやヘパリンで胎盤の血流をよくする治療法や夫のリンパ球の免疫療法が行われている。更にステロイドであるプレドニン療法もある。一方、漢方医学的見立て、乃ち“未病を治す”観点からすると不安感を持っておられるAさんは再度妊娠しても、今まで以上に妊娠を持続する気の力は減じており、再度流産する可能性は大きいと言っても過言ではない。体力の減衰も見られるが、精神の減衰が著しく、不安感を持つ事が妊娠を持続する気の力を萎えさせると考える事が出来るからである。漢方薬としては気を益す為に四君子湯の方意を持たせ、血を補う為に四物湯の方意を持たせ、流産を繰り返した気の落ち込みを取る為に逍遥散と香附子を主処方に組み立てて服用して頂いた所、たちまち妊娠して、無事、超安産で元気な赤ちゃんを出産された。陰と陽をバランス良く補った結果である。

 

 大宇宙である環境に小宇宙である人体が生きる。乃ち「人にやさしく自然に溶け込む」…が私(なかがわ漢方堂薬局)のモットーである。

(大津市薬会報 2013年1月号掲載)

31号 漢方の風 ー不眠、不安感、頭のふらつき

2012-07-05

 平成24年6月17日のY新聞にベンゾジアゼピン系薬剤である抗不安薬・睡眠薬により薬物依存に陥る危険性の事、又ベンゾジアゼピン系薬剤(以下BZ※)の服薬中止や減薬の際に現れた場合の離脱症状を減らす「やめ方」に関する記事が書かれていた。この記事を読み、ごく最近まで「止め方」のマニュアル、指針が無かった事を知った患者さん達は、さぞかし憤慨されておられる事でしょう。その主な離脱症状は更なる不安増大、イライラ、集中力低下、頭痛、吐き気などの精神、身体両面(※)に現れる。驚いたことに、日本での人口1000人当たりの使用量は米国の6倍にのぼると国連の国際麻薬統制委員会が2010年に報告していると書かれている。欧米では薬物依存を防ぐ為に使用を4週間以内に抑えるのが一般的とされている。日本の現実を見ると数年単位で服用しておられる患者さんが多数おられます。又、話は逸れますが、ずっと以前、大津市薬剤師会の講演で医師のT先生がBZ系薬剤の長期服用による認知症発症の危険性を話された事は記憶に新しい(動物実験で)。

 

 Y新聞の記事では、Tさん(40歳)は人前の過度の緊張、発汗の改善を目的として、BZ系薬剤(ソラナックス)を1日の最大量を4年半服み続けたが効果が無く、主治医の指導のもと半分に減薬した所、日光が異常に眩しい、暗闇でチカチカした光が見える、白内障、入眠時ミオクローヌス等の離脱症状が現れ、ベンゾジアゼピン離脱症候群と診断されたと書かれている。最近、BZ系薬剤の止め方の手順が英国のヘザーアシュトン教授によって「アシュトンマニュアル」としてインターネット上で読むことが出来る様になった。日本語のこの指針は、“正しい治療と薬の情報誌”に、この7月に記載される予定(平成24年6月に原稿を書いています)との事である。又、BZ以外で同様の影響を及ぼす薬剤もあると書かれている(デパス、マイスリー、アモバン)。  私の記憶ではBZ剤は今から44年前、私が薬剤師になった頃には既に上市されていたと記憶しております。この指針は遅きに失した感が否めません。このBZ系薬剤を処方された患者さんに接遇した時、「こんなに長く服んでも、大丈夫ですか?」と質問を受けた薬剤師は恐らく全員ではないでしょうか…。  当薬局にも、この不安感、フラツキを訴える患者さんが頓に増えていますが、漢方処方を決めるに困窮することが多い。五臓を見亘し、乃ち心、肝、脾を弁証し更に腎、肺と考えていきます。虚陽が昇り神(心)を冒すと桂枝加竜骨牡蠣湯で重鎮安神する。実証には柴胡加竜骨牡蠣湯を考える。心と脾を考えた時は帰脾湯を、脾と痰濁上擾を考えた時は(竹茹)温胆湯を、脾と腎を考えた時は苓桂甘棗湯を、…他、と言った具合です。

 

 最近、K社からこの苓桂甘棗湯のエキス剤が上市された。苓桂甘棗湯は「汗を発して後、其の人臍下悸する者は奔豚(ほんとん)をなさんと欲す」と傷寒論に記載されている。奔豚病は猪が突進するかのように下腹部から動悸が始まりやがて胸から咽まで衝き上がってきて、今にも心臓が止まりそうと悶え苦しむ。嘔吐、ヒステリー、神経症、下腹部痛、胃液分泌過多、尿利減少、便秘、癲癇様症状等を同時に惹き起こす事が多い。当然、耳鳴りやフラツキを同時に惹き起こし、不安感を併発する事もあるでしょう。  これは腎の孤陽が上衝した結果発症するものと考える事が出来る。乃ち脾の働きを高めて(大棗、甘草)、陰精を作り、又、茯苓で心気を高めてその陰精を運び、上衝の邪を鎮め、桂皮で上衝の気を降ろし抗不安作用を発揮します。

 

 私が平成元年に漢方薬局を始めて、間もなく、この奔豚病で苦しんでいる40歳代の男の患者さんが来店されました。腹部の動悸と不安感で困窮されておられるとの事であった。赤ら顔で、腹部の動悸を強調されておられました。Doctor Shoppingを繰り返し、その苦しみを訴えても、なかなか理解してもらえないもどかしさが病態を更に悪くしている様に思えた。当時、エキス剤が無く煎じ薬で対応しました。この腹部の動悸を抑える為にβブロッカーを投薬され、Depression様症状に陥った患者さんを数人見てきました。心の気を抑える事になり、精神作用に悪影響を及ぼした為であろうと私なりに考えております。その際、服用を中止したものの、元の精神閾値に戻る可逆性は実に時間がかかる様に思っています。これらを見て、漢方医学で言う所の「心は神なり」を実感します。  他の処方では、心陰の不足と脾虚による不安感には、甘草と大棗と浮小麦で脾気を高めて生津し、心陰を補って不安感や悲哀感(漢方医学では臓躁と言います)をなくすものも有ります。  K社さんの苓桂甘棗湯が上市され、奔豚の病の患者さんの不安感、フラツキに対処出来る手立てが増えた事は私に安心感を与えてくれます。

※ BZ系薬剤…ソラナックス、コンスタン、レキソタン、マイスタン、リボトリール、ランドセン、セルシン、ワイパックス、ドラール、ベンザリン、ハルシオン、ユーロジン

※ 他の身体症状…筋硬直、疲労感、眼痛、耳鳴り、嗅覚異常、月経異常 、等

※ 他の精神症状…不眠、幻覚、パニック発作、抑鬱、強迫観念、等

(大津市薬会報 2012年7月号掲載)

30号 漢方の風 ーアトピー性皮膚炎の根治療法

2012-01-12

 比叡山延暦寺の根本中堂は織田信長の焼き討ち後、徳川家光により1642年に再建された。根本中堂を支える76本の柱は全て直径67cmに統一されていると新聞記事で読んだ。使われている木材は欅(けやき)だそうですが、腐朽し易い材芯を避けるが為に直径2mの欅を縦に4分割して夫々を1本の柱としている可能性があるらしい。つまり1本の木から4本の柱を作っている。耐用年数は800年で、築後約310年の1955年に腐朽した部分を取り除き、「根継ぎ」の技法で修理が行われている。耐用期限の800年後(西暦2400年頃)には、確実に木材の調達は不可能である(日本では伐採が祟って、多くの神社仏閣の大柱を海外から調達しているのが現状である)。そこで延暦寺は遠い先を見て10年前から比叡山中に欅を育てている。(無事育つ確率は10%だそうです)。又、創建時、檜(ひのき)の調達が難しかったが為に止む無く欅を使ったとも云われている。調査研究で腐朽の一番の原因は木の乾燥が充分で無かった為と考えられている。

 

 奇跡的に大空襲による焼失から逃れた姫路城の昭和の大改築は1955年から行われた。その2年前からの調査で天守閣を支えている東西の2本の大柱が夫々東南に50数cmずれている事が判明した。更に調査でその一本の西の大柱が芯から腐朽しており、継ぎ足しもまま成らない状況で再利用が出来ない事が判明し、直径1m以上長さ20数mの檜を探すことになった。やっとの事で木曽の山中で見つけたものの、切り出す途中で折れてしまい、工事は中断した。暫くして、同じ木曽の山中で2本目の檜を見つけ、山林鉄道で搬送途中、崖の所で重さに耐えられなくて、16mの所で折れてしまい、その先の部分(約11m)は谷底に落ちてしまった。その時の事故の場面はNHKのドキュメント放送でも捉えていた。結局、その残った16mの檜に姫路近郊の神社の境内の檜を継ぎ足して(木組みして)西の大柱として、無事、大天主は改築されたのである。

 

 延暦寺の根本中堂の柱は腐朽し易い芯を避けるが為に4分割したもので、姫路城の西の大柱も芯から腐朽が始まっており、漢方医学から見て、アトピー性皮膚炎の原因と通じる所がある。つまりアトピー性皮膚炎も体内、若しくは皮下の「湿」がそもそもの元凶であるからである。ステロイド剤は体内に湿を貯め込むが故にあとあと様々な問題を惹起するのである。しかし乍ら素早く炎症や痒みを抑える即効性があるのでそれを使用する有用性はある。その場合も湿を溜め込まない為に、未病を治す意味も含めて漢方薬を利用すると良いのは自明の理であろう。かと言って、なかがわ漢方堂では大半の患者様にステロイド剤は極力避けて頂いております。

 

 体内の湿(湿熱)を如何に取るかがアトピー性皮膚炎の漢方治療なのですが、その一方、痒みは心の火(厥陰心包経)を冷ます事で治療出来ます。詳しくは“漢方の風”28号をお読み下さい。甘い食べものは糖質(炭水化物)で細胞内のミトコンドリアのTCAサイクルで炭酸ガスと水に分解される。乃ち、湿を発生する。甘さのおっかけっこをしている現代社会の犠牲者が、つまりアトピー性皮膚炎や糖尿病の患者様である。

 

 湿(水)は様々な問題を惹き起こす。関節部位に溜まると関節炎になる。膝痛、腰痛、五十肩には防已黄耆湯、越婢加朮湯、疎経活血湯、ヨクイニン等で湿を取り除く。脳の網様体の湿(頭重、眩暈、耳鳴り、他)には半夏白朮天麻湯、温胆湯、当帰芍薬散、他から撰用する。産婦人科領域では、多嚢胞性卵巣も湿が絡んでいる。

 

 昔から石や鉄を多用せず木を使う日本の建築様式に係る人は木の特性を熟知している。木材の一番の敵は内外の湿である。東洋医学も又、湿は邪となり得ると捉えている。木も人間も自然の中に存在しており湿とのせめぎ合いの中で健やかさを保っている。

(大津市薬会報 2012年1月号掲載)

29号 漢方の風 ー鬱症状を伴う不安感。化膿性体質(術後の膿が止まらない)。

2011-09-12

 薬学部が6年制になり、5ヶ月の学外実習が義務付けられた。更に全国的に新しく薬学部が増設され、各学校では新入学の学生の取り込みに危機感が見られる。そこで各学校は法定の学外実習の他に特色のあるカリキュラムを既に組み入れている所もあり、又これから取り組もうとしている学校もあると聞いている。

 

医師と対等に向き合える様にする為の仮想実習や海外留学、更には特化した漢方医学を取り入れた講座等がそれである。我々4年制で学士を取り薬剤師になった者としては何処となく気後れ感はあるが、足りない2年の勉学期間を補うに余りある独自の卒後教育を実践して来たと言う自負心は有ります。取り分け大津市薬剤師会は多方面に活動し医療や福祉、教育に参画し、又会員の学力向上の為に研修会を実施して来ました。私も在宅医療部の理事を担当した時には、当時、薬剤師の在宅医療の係りが叫ばれ、在宅医療制度は勿論の事として、輸液の投与の仕方から内容迄も多くの本を読み勉強しました。又、独自の在宅患者さん専用の薬歴表も作成しました(田村先生の協力を得ながら…)。その薬歴表は滋賀県薬剤師会の他支部から、使用の申し入れが有り、今も使っておられる所もあると聞いております。又当時の会長である隠岐先生の指示もあって20万円の予算(滋賀県の医薬分業促進費)を頂き、瀬田地区の医薬分業に腐心した。全歯科医院への院外処方の働きから始め、分業をしていない開業医を講師に招き勉強会も実施した。更に思いついたのが当時、分業先進地区の長野県の上田地区が作成していた保険薬局のマップの瀬田地区版である。滋賀県では当時作成している所がなく、薬務課の分業担当官はそのマップを他の地区に見本として使用されたと聞いております。思い起こすと勉強始め様々な活動をして来た。

 

医薬分業が常態化した昨今、チーム医療の一員として医師や看護師さんとの、又患者さんとのコミュニケーションの重要性が叫ばれておりますが、うまくコミュニケート出来ていない現状が見て取れます。その為か、学校でも接遇のカリキュラムが組まれている様に聞いております。今から10数年前になりますが大津市薬剤師会の月例研修会で“接遇”の勉強会を行った事がありますが、大津市薬剤師会では既に問題意識を持ち、取り組んで来た経緯も有ります。 長らく市薬ニュースの原稿を書かせて頂いておりますが、特化した漢方医学を学んで卒業してくる薬剤師が現場に入った時に違和感を感じさせない為に、少しでもお役に立てればと思って居ります。

 

 今日は朝から、時間が取れたので急遽原稿を書いておりますが、午後からの予約のご相談内容は、一人目の方はふらつき、倦怠感を伴う不安感をお持ちの方。二人目はアトピー性皮膚炎。三人目は智歯抜歯後のトラブル(切開周囲部からの膿が止まらない)。四人目は早期(39才)に閉経に向かっていると診断された方である。一人目の不安感でお困りの40歳台の女性はパートタイムで仕事をされておられます。顔は赤ら顔で、かといって赤々している訳ではなく力のない赤さである。精神が不安定であるので重鎮安神作用の竜骨・牡蠣が配合されていて、更に気の上衝(浮陽と考えて)に効果のある桂枝加竜骨牡蠣湯を第一に、又生理周期の遅れが有り、気鬱が係っていると考え加味逍遥散を第2処方として交互に投薬しました。

 

3人目の智歯抜歯後のトラブルの方は、先ず望診(最初に見た第一印象、皮膚の色、艶等)から、脾の弱さが診てとれ、バクテリアに対する抗病力の弱さが有り、更に肉芽の形成力の弱さが有ると弁証出来ました。そこで小建中湯に黄耆末を加え、小柴胡湯との併服としました。乃ち内托(体力をつけて抗病力を増す方法)しながら炎症を取ろうと考えた訳である。この患者さんは智歯の切開術の前に内托しておけばこう言う事態にはなっていなかったと言えます。漢方医学が「未病を治す」と言われる所以である。同様に癌と診断され3大治療(摘出術、抗ガン剤の投与、放射線療法)を行う前に適切な漢方処方を服用しておくのも大切であろう…。因みに膿が止まらないその他の疾患(乳腺炎、副鼻腔炎、痔漏、面皰等)の治療には、十味敗毒散、排膿散及湯、荊防敗毒散、葛根湯加桔梗石膏、小柴胡湯加桔梗石膏を使い分ければ良い。

(大津市薬会報 2011年9月号掲載)

28号 漢方の風 ーアトピー性皮膚炎

2011-05-21

 東日本大震災に被災された方々には衷心よりお見舞い申し上げます。又、お亡くなりになられた御霊に十念(南無阿弥陀仏)を唱和し、ご家族には哀悼の意を表します。

宮古市の重茂半島の姉吉地区には先人が海抜60mの場所に“此処より下に家を建てるな”と刻んだ石碑を遺しているそうで、重茂地区の住民は以来それを守って来た結果、全ての世帯が今回の大地震の津波から被災を免れたと報じられていた。現代の科学的予測の或を超えた大津波の災禍から免れた先人の知恵の確かさを顧慮しなければならない。今回の大震災を見るに付け科学的根拠の危うさ(高さと強固さを計算して作られた防潮提と防波堤が破壊された等)を露呈したと言っても過言ではない。福島の原子力発電所も又、然りである。ダブルフェイルセーフ以上の安全を担保する知恵を絞らなければならない。想定外だったではすまされない…。佐藤栄佐久前福島県知事は起こるべくして起こったと憤っておられます。(前知事は原子力発電推進派でもあるが、原子力政策の隠蔽体質と闘って来られた)

アトピー性皮膚炎の治療においても、同じ事が言えると私は考えております。例えば、喘息の漢方治療をする時には背の青い魚だけでなく肉食をも極力避けるようにして戴く。これは先人の古書に書いてあることなのですが、漢方の臨床では経験的に実践して好結果を得ています。同様にアトピー性皮膚炎の治療においてもアレルゲン検査も大切ですが、何よりも大切な事は湿熱を溜め込まない食し方をする事と考えています。従って漢方治療では、間違った食生活から発生した湿熱を如何に捌くかを徹底して行うと、重度のアトピー性皮膚炎でさえ自然に元の綺麗な皮膚に戻るのである。湿熱を発生させる可能性のあるステロイド療法は漢方医学的にはしてはいけない事になるのですが、一時避難的には有効な手立てではあると考えております。

 

 湿熱とは湿邪と熱邪がくっ付いたもの。湿度の高い日本では湿邪(湿気)が外因(外敵)として皮膚を攻めて来る(風の邪が表を攻めて来て守りきれず発症するのが風邪と同じ考え)。昔なら汗をかいて皮下の湿を発散したものですが、冷房完備下の環境では発散は不可。それどころか口からは更に追い討ちをかける様に必要以上のジュース、ビール、アイス等の飲食物を摂る。内外から湿に攻められる結果、体中(細胞から組織、器官、夫々の間隙迄も)水が氾濫する。一方、フライ物、生クリーム、スナック菓子、インスタント食品等の甘食厚味な食べものの摂取過多が熱を生じ、地球温暖化も相俟って“湿熱”が出来上がるのである。この湿熱が体中を席巻し心の火と出合って強烈な痒みを発するのである。又、有機物を含んでいるであろう黄砂や花粉、ホルマリン、トルエン等が皮膚を攻め立て、体の防衛軍である衛気(えき:体表を守っている気)と遭遇し熱を生じ、湿熱は更に増長するのである。

 

 漢方薬でこれらの湿熱を捌き、一方、口からは前出の飲食物の制限をすると、あれほど頑固なアトピー性皮膚炎も改善して来るのである。これらの漢方理論及び食養生を“想定外だった”と社会が顧慮する日が来ると、反省が生まれ、より健康的な生活が保障されるであろう。何よりも医療費の削減迄もやってのける事が出来るでしょう。 ここで、あと一つ弁証しなければならない事が有ります。それは現代社会の作り出したストレスが火と化し病証を悪化されておられる患者さんも多く見られる事です。

漢方医学では肺は皮毛を主り、脾(大雑把に言えば胃腸機能)は肌肉を主ると言います。従ってアトピー性皮膚炎は肺と脾の病証といえます。又湿熱の充満しきっている少陽三焦と表裏関係にある心包経の病証とも言えます。又先天の腎の虚も考える必要が有ります。

 

 消風散、十味敗毒散、黄連解毒湯、辛夷清肺湯、六味丸、補中益気湯、猪苓湯、三物黄?湯、当帰飲子、温経湯、四逆散、加味逍遙散、荊艾連翹湯、抑肝散加陳半、麻杏甘石湯、地竜、越婢加朮湯、白虎加人参湯、竜胆瀉肝湯、柴胡桂枝湯辺りから3~4処方をうまく使い分けて治療します。治療には苦心惨憺するものの長年苦しんでこられた重症のアトピーが治って行かれる患者さんの笑顔に接し、漢方医学を勉強して良かったとつくづく感じております。

(大津市薬会報 2011年5月号掲載)

27号 漢方の風 ー膀胱炎・胃腸炎(風邪に伴う下痢)

2011-01-17

数年前、中国の養蜂家の番組の終わり部分を垣間見て、番組の冒頭から見落とした事を残念に思った事が有りました。所が、過日、BSで再放送がある事を知り、あらためて番組の最初から見る事が出き、数年来の望みが叶えられました。中国の西北部、新彊ウイグル地区から望む天山の高地で採取される天山山花蜜(糖度が高く薬草の香りが人気の蜂蜜で、高値で売買される)を中国の東部地区からミツバチと共に6000kmを移動して(中国を東から西まで縦断する)採取に出かける養蜂家親子のドキュメンタリー番組である。一口で6000kmと言っても凄まじい長行路である。予定を遅れて天山に到着した時には蜜蜂は半分が死んでしまっていた。それ程過酷な道のりである。仕事として立ち向かう親子のエネルギッシュで前向きな姿を見て私は何かを与えられました。

 

 12炭糖の花蜜を外勤蜂が蜜箱に持ち帰りそれを内勤蜂が自らの酵素で6炭糖に分解し6角形の巣房に溜め込み蝋で蓋をして熟成する。中学で習った12炭糖の分解、つまりショー(蔗糖)ニュー(乳糖)バク(麦芽糖)、ブカ(ブドウ糖と果糖) ブガ(ブドウ糖とガラクトース) ブーブー(ブドウ糖とブドウ糖)を思い出したり、中国人気質が理解出来たり、弱った蜜蜂に花粉を与えると元気を取り戻す…つまり、人間の前立腺肥大に花粉が奏効するヒントを呉れたり、蜜蜂にはイタリア蜂と黒蜂(北ヨーロッパに多い)がいる事、巣箱内の温度が35℃以上に上がらない様に巣箱の入口の間隙で羽ばたいて空気を巣箱内に送り込んだり等、興味一杯で見入りました。蜂蜜の元である天山高地の花は6月頃から開花し始める。防風、大黄、薄荷、つる人参等約10種類の薬草の花々である。一度、天山山花蜜を味わってみたいものです。

 

 蜂蜜を使った漢方薬に「東医宝鑑」に記載されている“瓊玉膏”(けいぎょくこう;蜂蜜、地黄、麦門冬、天門冬、地骨皮、人参、茯苓)があります。舐剤(しざい)と言って、なめる薬なのですが、蜂蜜と練り合わせていますので甘くて、脾が弱い人でも結構服用出来ます。瓊玉膏は東洋医学でいう所の脾、肺、腎を目標にします。

 

 高温多湿時に食欲が落ちることを良く経験しますが、これは湿気が脾胃を犯すためであり、手足がだるくなり、疲れて気力が落ちて来ます。それがすすむと手足が火照って喉が渇き、水分を取りたくなります。すると胃液が薄くなり消化が悪くなり食欲が落ちるといった悪循環になります。その結果多方面に悪影響が出てきます。ちょっとややこしい話に成りますが。胃腸で営養(漢方では営養と書きます)化された精微物質は多方面に供されますが余った精微物質は腎に貯えられます。だから脾胃が弱ると腎まで影響してきます。つまり腎陰虚になります。喉が渇き、手足が火照って来ます。勿論、脾胃の営養は真っ先に肺にも行きますので、その肺も陰虚になります。肺が弱ると風邪をひき易くなり、全身に営養を送れなくなり、尿の出が悪くなり、皮膚がくすんで艶が無くなります。更に肺陰虚がすすむと咳が止まらなくなり更に悪化すると痰に血が混じってきます。つまり肺、腎、脾が弱ると喘息は当然として便秘、不妊、免疫不全、アトピー性皮膚炎、糖尿病…等にもなりかねない。 “瓊玉膏”(けいぎょくこう)は脾、肺、腎を補いますので前出の疾患に良く使います。又、認知症の予防薬にもなります。もう亡くなられて10数年になりますが、100歳以上生きられた双子姉妹のきんさん、ぎんさんも服用されていたと聞いております。

 

 話は変わりますが師走の季節になるとノロウイルス(Norwalk Virus)やB型ウイルスによる下痢が流行ってきます。中でも足が冷えて、上半身が熱く感じられ頭痛、鼻閉、肩こりを伴った胃腸型感冒も多く見られる様になります。  例えば、平常、冷えによる膀胱炎を繰り返す女性が、たまたま寒い環境に遭遇した際(冬の告別式や体育館での説明会等)には、いつも決まった様に、下腹部に不快症状を覚える膀胱炎を発症します。冷えに拠るものなので治療は温めて治さなければなりません。

 

 その膀胱炎症状に引き続き頭痛、肩こりが始まり、その数時間後に下痢を発症してしまった50歳代の患者さんがおられました。こういった事例では “冷え”に関する概念が乏しい西洋医学では、上手く適確に治す事は難しいと思います。陰陽学説を重んじる漢方医学では“冷え”を重要な「病因」と捉えるが為に、上手く適確に治す事が出来ます。漢方の常識では、風邪に伴う下痢には先ず葛根湯や五苓散を考えますが、こういった陰虚証(冷え症で虚弱体質の事。中医学の陰虚とは違います)の人には葛根湯、五苓散は使い切れません。寒い環境でひいた風邪状態(寒気、頭痛、鼻水等)を「表寒」と言います。又陰虚症の人は往々にして脾(消化吸収)が弱く、水を捌く力が弱いが為に、体内に“湿”(生体に不必要な水)を生じている事が多い。表寒(外因)と体内の湿(内因)が原因で胃腸型感冒を発症したものと弁証する事が出来ます。この内外の病因を取り除く処方である五積散が良く効いてくれました。エキス剤で無く本物の散剤の五積散を使った事も著効を得た理由であろう。

 

 端を更め、最近の話題を書いて見たいと思います。レアアースと同様天然資源である薬草の産出国と先進国との利益配分を如何にするかがCOP10で議論されましたが生物の多様性の観点から見ても重要な論点であることは当然である。南アフリカのペラルゴニウム シドイデスと言う薬草はドイツで風邪薬として製品化され(ドイツでは化学薬品である医薬品離れが根底にある)、売り上げを伸ばしており、その結果南アフリカのペラルゴニウムが枯渇してしまっているとの事である。原産国の資源で先進国企業が莫大な利益を上げており、利益の還元を原産国が要求するのは当然と言えば当然であろう。国際世論はバイオパイラシー(海賊行為)を許さないし、一方で絶滅種を増やさない為にもなるのである。

 

 中国からの輸入に頼っている日本の生薬の現状を見た時、中国からの輸入資源である漢方薬の将来に危機感を覚えておりましたが、日本で消費する薬草の半分以上を自給しようとする動きが経済界、国から起こって来ているとの最近の新聞記事を見て、ホットしている今日この頃である。

 (大津市薬会報 2011年1月号掲載)

26号 漢方の風 ー痔、シミ、肌荒れ

2010-10-02

 ダイエット、美容に関するテレビや週刊誌の報道が、美を追求する女性を駆り立てる事は、枚挙に暇が有りません。少し以前には「黒豆」の騒動がありましたが、数ヶ月前の「紫根」の報道は数十年、薬局業務に携わって来た私の経験の中で、間違いなくトップクラスの問い合わせの件数と期間の長さが有りました。その訳は後で解ったのですが、「紫根化粧水」(紫根15gを300mlの水で煮つめ、濾して冷ますと出来上がり)がクスミやシミを防ぎ、シワ、タルミにも効果があるとの内容だったそうですが、後日、生薬問屋さんからその内容を聞いて、合点がいきました。私の所では紫根は、煎じ薬では使う事が有りませんので、正式には置いていません。と言うのも近医のドクターが痔の薬を製造する為に購入されるので置いてあるだけなのです。漢方相談をしている最中の紫根の問い合わせは、丁重にお断りするのに大変でした。故青木馨生先生からは、生薬の販売は薬草店に任せて、漢方処方薬の相談業務、即ち「証の決定」業務に徹しなさいと教えられて居りました。又、こういったマスコミの報道にはエビデンス(確固とした証)が無い事が殆どで、ほんまに効くんやろうか?と思いながら販売する事はセンセーショナルな報道に乗じて金銭欲を満たす事に他ならない。昔の近江商人は品物を良く吟味し自分が納得した物を仕入れ、「三方良し」の商いをして顧客の信用を得て財を為したと聞いております。生薬の問屋の担当者は当方の薬局の為に10袋確保して呉れていたとの事でしたが…。折角の担当者さんの配慮に申し訳なく思っております。

 

 その紫根を使った漢方薬の代表格は「紫雲膏」である。ひび、あかぎれ、火傷、痔核の疼痛やただれ、かぶれに使用します。成分は紫根の他に当帰、ゴマ油、蜜蝋、豚脂である。最近は、褥創に使われる事が多い。女性の外陰部のただれにお勧めして喜ばれた経験が有ります。因みに褥創には和剤局方に出典されている「神仙太乙膏(しんせんたいいつこう)」がお勧めです。  シミやクスミを改善するには、やはり漢方処方薬が一番良いと断言しても過言では無い。冷え性で貧血顔で小水の近い、頭が重く、腹痛を訴えたりする女性には、当帰芍薬散の原末を処方します。肩こり、背中のこり、痛みにも奏効します。若し便秘があれば煎じ薬にして、芍薬を増量して麻子仁や大黄を加えると良い。綺麗な肌になり、冷え性も改善します。一方冷えのぼせが有って、唇の血流が悪く、やや肉付きの良い、経血の色が比重の高さを思わせる様な女性には桂枝茯苓丸が良く効きます。ヨクイニンを加えると更に肌が綺麗になります。加味逍遥散もシミ、ソバカスに良く効きます。加味逍遥散の効く女性は漢方に熟練して来ると、顔、体型を一目見ただけで解ります。性格がきっちりしていて、片付け上手で、ちょっと考え過ぎタイプと言った所です。お通じが良くなり肌が綺麗になります。更に現代の女性に欠かせない処方に温経湯が有ります。お腹が冷えて、生理が不順で不正出血を起こし、肌の荒れている女性が目標です。温経湯の口訣に“婦人、年五十所ばかり(50歳前後)…半産を得て(過去に流産をして)…云々”と有りますが、最近はミニスカートやエアコン等の生活様式の為でしょうか、若い女性に温経湯証が多くおられます。美を追求する女性には、これらの処方は当に打って付けなのですが…。最近の女性は漢方薬には見向きもしません。

 

 話は変わりますが、紫根の配合されたOTC薬に○○○○○○内服薬が有ります。これは「痔」の内服薬なのですが、紫根の強心作用により、末梢の血液循環を良くして痔を改善するのであろう。私の専門である漢方薬では、やはり「乙字湯」が良く効きます。処方内容は単純なのですが(当帰、黄?、柴胡、升麻、大黄、甘草)、良く効きます。中でも柴胡、升麻がポイントなのです。それらの薬草を使った当帰建中湯加柴胡、升麻は冷え性で色白の方で痔核、脱肛の患者さんに長期に服用して頂きますと信じられない位大きな脱肛が治ります。他に柴胡、升麻の配剤された処方に補中益気湯がありますが、これも痔に良く使います。場合によっては乙字湯と併用しても良い。その他には、駆?血作用の桂枝茯苓丸も上手く使うと良いと思います。更に、痔の疼痛に、大塚敬節先生の著書に麻杏甘石湯が良いと書かれておりますが、その証があれば効く事は当然の事と思います。私は未だ使った事が有りませんが…。 過日、生前親しくさせて頂きました広瀬滋之先生が黄泉の国へ旅立たれました。先生の講演は度々拝聴させて頂き、多くの事を学ばさせて戴きました。先生の講演の中で、忘れられないのは麻杏甘石湯を処方したら、院外の薬局の薬剤師さんから、“先生この患者さんに接遇した所、喘息や空咳は無いと仰っていますが、何かの間違いでは”と疑義照会が有り、その薬剤師さんにもっと勉強しなさいと言った事を話されておられました。全くその通りだと思いました。先生のエッセイ調の文章はよく読ませて頂きました。読み易く、私の文章の目標でもありました。若くして(私の二歳年上)旅立たれた先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌。

 (大津市薬会報 2010年10月号掲載)

25号 漢方の風 ー認知症と漢方薬(侮れない牡蠣殻イオン化カルシゥム)

2010-08-02

 今回は、びわこ漢方サ-クルで6月、7月に講義した「漢方と認知症」について書いて見たいと思います。今や風邪に葛根湯、腓腹筋の攣縮(こむら返り)に芍薬甘草湯、開腹術後に大建中湯、認知症に抑肝散と言われる程、認知症に抑肝散がポピュラーになっています。抑肝散は取り分け妄想や徘徊、多怒等の周辺症状に効果があるとされる。西洋医学で周辺症状に使用される抗精神薬や抗鬱薬、抗不安薬はこの様な周辺症状を押さえ込む一方、それが為に日常の生活動作をも不活発にしてしまい、食事、歩行、会話等に悪影響を及ぼし生活の質を低下させているのが現状である。抑肝散には、そういった生活の質を低下させる悪影響は見られない。抑肝散の中心的役割をしている生薬は「釣藤鈎(ちょうとうこう)」である。釣藤鈎は汪昂著、寺師睦宋訓「本草備要」に、甘微寒。宣、風熱ヲ徐キ、驚ヲ定ム。心熱ヲ徐キ、肝風ヲ平ニス。久シク煎ジレバ則チ力(ちから)ヲ無クス。…とある。又、中山医学編、神戸中医学研究会訳「漢薬の臨床応用」にも20分以上煎じると効力が無くなると書かれている(1~2回沸騰させる位が良いとも書かれている)。乃ち釣藤鈎は熱に弱いのである。他薬と一緒に煎じると効力が無くなるので、当薬局では後煎と言って最後の5分間だけ煎じて頂く様にしています。又、加熱の影響を受けているエキス剤(顆粒剤)の抑肝散を投薬する時は天然のままで熱の影響を受けていない釣藤鈎の“原末”を追加して一緒に服用して頂くようにしております(抑肝散加釣藤末)。その抑肝散の作用機序は柴胡、釣藤で肝風を抑え、又甘草と共に自律神経を調整(疎肝解鬱作用)し、精神的、肉体的反応閾値を下げ、ストレスに対応出来る様にする。川?で頭痛をとり、当帰、川?で肝の血虚を治し、血流を良くし、茯苓、白朮、甘草で脾の虚を補い肝の暴走(周辺症状)を抑える。更には、鬱症状が顕著な場合は芍薬を追加するとより効果的です(抑肝散加芍薬)。因みに釣藤鈎は枝ではなく“鈎”(かぎ、とげ)である。鈎の部分に有効成分が多く含まれている。市場には、枝多し鈎少なしの原料生薬が出回っており、撰品が大切である。その点、エキス剤は果して如何でしょうか…。

 

漢方医学では周辺症状を取ることを標治と言い、中核症状を取ることを本治と言いますが、証があれば抑肝散には本治を期待しても良いのかも知れないと思っておりますが…。然しながら臨床では他の漢方処方と併用する必要があろうかと思います。漢方本来の“未病”を治す意味合いからすると元々抑肝散証のある人の認知症の予防に使うと良いのは言うまでもない事と推察できます。  最近、認知証に良く使われている他の処方は、加味温胆湯、釣藤散、黄連解毒湯、温清飲、加味帰脾湯、八味丸、六味丸、当帰芍薬散、人参養栄湯辺りでしょうか。

 

最近のTV番組で、認知症は脳だけの問題ではなく同時に他の臓器にも変化が起こっている、つまり脳細胞だけを見て診断を下すと誤診をしてしまう危険性があると専門医は仰っておられました。レビー小体型認知症では心臓の神経の検査をすると、より確かな診断が下せると言っておられました。それは五臓を底辺とした五角形に立脚した全体観(ホリスティック)が必要最小限である漢方医学で言う所の、心、肝、腎、脾、延いては肺、乃ち五臓を弁証しなければ処方の決定がおぼつかないのと同じである。然しながら、心は神志を主り、腎は骨随を主るとされ、心血又は腎精が虚すと健忘(物忘れ)症状が現れる所を見ると心と腎に注目する必要はある(西洋医学では物忘れと認知証とは別のものと言われておりますが)。薬草から見れば遠志、酸棗仁、山梔子、黄連、地黄、人参、茯苓等は注目しなければならない。その人参、茯苓、遠志、酸棗仁、地黄を配合している処方が加味温胆湯である。加味温胆湯には、それらの他に半夏、陳皮、大棗、生姜、甘草、竹茹、枳実、玄参、を配合した十三味で構成されている。加味温胆湯は漢方医学では“痰熱(濁)上擾”を目標とし、口が苦い、口が粘る、驚きやすい、不眠、実直で臆病な性格、悪心、抑鬱傾向等を目標に使います。構成生薬を分析すると、半夏、陳皮、茯苓、甘草、生姜は二陳湯で口の粘り、悪心、動悸、不眠、めまいをとるのですが、これは胃内に水が停滞し、その水(痰飲)が化熱し、脳の網様体を刺激して起こるのを改善すると中医処方解説に書かれている。竹茹、枳実で化熱した痰濁の熱を取り、遠志、酸棗仁で不眠、イライラを鎮め、不足している血管内の陰を玄参、地黄で補い、人参、茯苓、生姜、甘草、大棗で胃腸の働きを良くし、総じて痰熱を取り、胃から脳の網様体の働きを正常化して上記の症状を治すのであろう。これらの事を総合的に判断して認知証にも使用し得るのですが…。脳の前頭葉を刺激する行為、乃ち心や情景を思い浮かべる昭和の歌のカラオケや女性であれば料理をする等の実践と併行して行う事が最善の治療法かも知れない。将来、認知証の研究で、脳と胃、食道、十二指腸辺りとの共通物質が存在すると学会で発表があるかも知れません。

 

 ある大学研究所の実験で、ラットを使い、迷路の先に餌を置き、正常なラットは餌に辿り着く事が出来る事を確認しておき、餌にカルシゥムを入れてあるグループと、入れていないグループとに分けて実験した所、カルシゥム有りのグループは全て餌に辿り着けたがカルシゥム抜きのグループは殆ど辿り着けなかった実験データがあります。乳酸カルシゥム等、カルシゥムにも様々の形のものがありますが、取り分け、炭酸カルシゥムが一番効果が有ったと結論着けられました。イオン化された牡蠣殻カルシゥムは、その炭酸カルシゥムが主成分である。おまけに牡蠣殻のミネラル組成はマグネシゥムを始め人間の血液のミネラル組成と殆ど同じである。当店で、牡蠣殻イオン化カルシゥムをお勧めしている所以である。腎に問題がある(他臓にも問題が有りますが)骨粗鬆症、アトピー性皮膚炎にもお勧めしております。

 

 7月9日、NHKの朝の番組で“漢方薬が危ない”の放送をしておりました。漢方薬に使用する遺伝資源である薬草がここ1年で、とんでもない高騰をしている(1年前の2~4倍の相場価格)との事で、ある漢方の診療所では、通常の半分の量で処方していると放映していた。日本の大手薬草販売会社は売れば売るほど赤字になり、先行きの見当がつかないと言っておられました。このままでは世界の薬草の80%を消費している日本の漢方が危ない状況である。異常高騰の原因は異常気象による砂漠化や乱獲による減少、又資源国(中国)と商品化した消費国(日本のメーカー)の利益の配分が平等でないと言った理由であるらしい。国が薬価を決めている関係上、原料費が高騰し続けたらメーカーは立ち行かなくなるであろう。事業仕分けで保険適用から除外するかどうかの問題どころではない。日本のメーカーが薬草作りに更に力を注ぎ、生産量を増やすことと、無駄に漢方薬を使用しないこと(確かな漢方理論に則った弁証論治無く漢方薬を使わない)が、今、一番しなければならない事であろう。漢方薬を構成している薬草の一つ一つに感謝の気持ちを持ちなさいと故青木馨生先生が教えて下さいました。漢方の心を忘れない様、励みたいものです。

 (大津市薬会報 2010年 8月号掲載)

24号 漢方の風 ー喘息の漢方治療ー

2010-05-13

 最近、興味を惹いた新聞記事は膵臓のβ細胞(インシュリン分泌細胞:血糖値を下げる働き)の働きが駄目になった場合、時間を経由してα細胞(グルカゴン分泌細胞:血糖値を上げる働き)の一部が少しづつβ細胞に変化して行く(つまり、α細胞がβ細胞に変化する)事が動物実験で確認されたと言った内容の記事です。これは東洋医学で言う“陰極まれば陽に転ず”に通じている様に思える。人体の自然治癒力の為せる所でしょうか。以前、脊柱管狭窄症の患者さんに半夏瀉心湯と四逆散と牡蠣殻のカルシュウムを皮切りに八味丸と生薬製剤二号方を併用し、時には八味丸と半夏瀉心湯を使い、最後は八味丸を長期に服用して頂きました。年1回の大学病院の検査で狭窄が広がっており問題無いと診断されたとの事で大いに喜ばれた経験があります。恐らくホメオスターシス(自然治癒力)が働いた為であろうと思われますがエビデンスは定かでは有りません。前出の漢方薬等がそのホメオスターシスを引き起こしたのであろうと推察しております。長く服用されたその過程では突然の歩行困難が改善し、一方、内科的症状である下痢、肩こり、疲れ、等の体調不良が改善し、体調の良さを実感された事が長きに亘って服用された所以であろう。

 

 漢方薬は抵抗力や自然治癒力を促進する働きが有ります。例えば風邪をひき易い或いは扁桃炎を起こし易い子供に「柴胡清肝散」を普段から服用させておくと夫々の感染を予防でき、或いは感染しても症状が軽くてすむ場合が多く有ります。「小建中湯」「荊艾連翹湯」「小柴胡湯」「柴胡桂枝湯」「八味丸」にも同様の事を経験します(他にも有りますが)。江戸時代に “外科倒し”と言う言葉が有ったそうで、伯耆の国の民間薬、「伯州散」を使用するとあれほど膿出が止まず塞がらなかった瘻孔や潰瘍が見る見るうちに治り、外科医の役割が減り患者が減ったと言われております。私の治験でも、どうしても会社を休めない(手術以外に治療法はなく1週間以上入院をする必要があると医師より言われていた)痔瘻の患者さんに伯州散を使い(通導散と竜胆瀉肝湯を併用)、膿の漏出を止め、喜ばれた事があります。現代において繰り返し発症する扁桃炎や発熱の患者さんに「柴胡清肝散」や「小建中湯」を上手く使うと感染を予防し小児科や耳鼻咽喉科に係院する患者さんの苦痛を取り除き、徒に耐性菌を増やすことも無いと思います。かと言って漢方薬を間違って使うと、ひどい体調不良を起こします(これは副作用ではなく誤治と言います)ので素人療法は厳に慎んで戴き、漢方の専門家に相談して頂きたいものです。

 

 話は変わりますが、あるホームページに喘息の漢方治療の事が書かれてありますが、発作時はβ交感神経作動薬を使い、体質改善的に抗アレルギー作用のある漢方薬を使うのが良いと書かれてあります。私の経験では、β作動薬やステロイドを使っていても救急車を度々呼んでいた患者さんに発作時に服用する様“五虎湯”や“小青竜湯加杏仁石膏”(小青竜湯合麻杏甘石湯)を渡しておくと救急車を呼ばなくて済む事があります。勿論、未病を治す意味で(現代医学的に言えば予防として)“柴朴湯”“防風通聖散合小青竜湯”“防風通聖散合通導散”“柴胡桂枝乾姜湯加杏仁茯苓”“補中益気湯加麦門冬五味子”“加味逍遥散合半夏厚朴湯”“大柴胡湯加厚朴蘇葉”他で、全く発作を起こさなくなったと喜ばれた症例も有ります。漢方薬が全てではありませんが、およその喘息は漢方治療で発作時にも予防にも対応出来ます。又喘息の予防で、最も大切な事は荒木正胤著「漢方鍼灸の治療」に書かれておりますが、食事を正すことです。①近海の背の青い魚をさける②肉食をさける③専ら少食にする…と書かれてあります。発作の時は食事が摂れません、従って発作が治まると大食してしまう。この悪循環を断ち切る事が発作を予防する為に必要であるとも書かれて有ります。この考え方が乃ち“科学”だと私は思うのですが、皆様は如何に思われますでしょうか。

 

 更に、端を更めますが、生き方、治療方針、物の見方、考え方等に参考になる話だと思いますので追記します。名歌「北国の春」に出てきます~こぶし咲くあの丘北国の~の辛夷(木筆、こぶし)の老木(樹齢250年)が3年ぶりに花を咲かせたと朝のTVで放映していたのですが、樹の専門家の話によると老木なので毎年花を咲かせるポテンシャルが無く、エネルギーを3年の間、貯えて、やっと咲かせているのだそうです。健気で、存在感のある、己を知っている辛夷の生き方に我々人間も学ばなければいけないと思いました。70歳台のひざ痛の患者さんには、治療の為、鍛える為にと、頑張って歩かれる方がおられますが、そんなに歩いたら駄目ですよと、又何かが原因で卵巣が一休みしている時に排卵誘発剤は使わない方が良いよと、教えてくれている様に思えてならない。卵巣の為に胃腸を正し、?血を取り、腎を補ってあげると卵巣本来の機能を取り戻してくれます。私もそろそろ“齢”なので、辛夷に見習わねばと思っております。

 (大津市薬会報 2010年 5月号掲載)

23号 漢方の風 ーアトピー性皮膚炎・肥満症ー

2010-01-12

 空蝉に最早命の臭いなし…  これは亡き長兄が詠んだ詩です。蝉の抜け殻は、俳句の季語になりますが、漢方薬では、“?風剤”になります。?風とは、この場合は痒みを取ると言う意味になり、漢方処方としては、消風散に配合されています。その消風散はアトピー性皮膚炎によく使いますが、患部が湿潤している事が使用目標になります(それ以上に風証が見られる事が必要ですが)。乾燥性のアトピーに使用すると症状を悪化させるので注意が必要です。これは決して副作用ではなく、あくまでも使い方の問題であり、消風散の構成生薬をよく考えて使用すると失敗はしないものです。漢方薬の使用については、慎重に行わなければなりません。同じ動物生薬の中に“地竜”(みみず)が有ります。最近、地竜の使い方の吉岡先生の講演を起こした資料をk社が提供してくれ、追試した所、非常に良い結果を得ております。麻黄と石膏で皮下の“水”を捌き、更に地竜で血流を良くしてより水の捌きを高めて、鎮痒作用を高めます。痒みで、夜眠れない時は麻黄杏仁甘草石膏湯と地竜を併用すると、痒みが取れて、かきむしる事無く良く眠れます。

 

 当薬局の難治性のアトピー性皮膚炎の最近の治験例を挙げて見ますと、30代の女性には、猪苓湯と補中益気湯に加味逍遥散で治癒。20代の女性は猪苓湯と補中益気湯に荊介連翹湯で治癒。その他温清飲、温経湯、梔子柏皮湯、黄連解毒湯、十味敗毒湯、柴胡清肝散、四物湯、黄ギ建中湯等をうまく組み合わせて使用すると難治性のアトピーでも大部分は治癒する事が出来ます。  所で、最近、漢方薬の保険適用を外す議論が、事業仕分けの俎上にあがりましたが、上記の30代の女性のアトピー性皮膚炎を漢方処方を使って“保険医療”で治療するとしたら、夫々の処方に適応する“架空の病名”をいわば作り挙げなくてはならない。病名と漢方処方が一致しなければ健康保険法に抵触するからである。即ち、不正請求になる。上記の30代の女性には、夫々、例えば膀胱炎なり胃下垂なり冷え性の病名を付けなければならない。実際はアトピー性皮膚炎の治療なのだが。漢方薬の保険適用には、やはり無理がある様に思えます。とはいえ、抗ガン剤や放射線療法での体力、気力の落ち込みに、漢方薬を医療保険扱いで投薬され恩恵を受けておられる方が大勢おられる事を考えると保険適用外とは、軽々には言えない。公平に考えて見て、何らかの落としどころを見い出さないと、現状のままでは、医療費の削減はもとより、ややもすると、生薬の無駄使いが行われ、延いては漢方薬その物の存在が危うくなる。絶滅の危機に頻している薬草は大切に扱わなくてはならない。漢方薬は“薬草に感謝”の気持ちを抱きながら使用しなければなりません。

 

 話は変わりますが、アメリカでは国民の肥満が問題になっております。このままでは10年後には肥満症に関る医療費が現在の4倍になる試算が出ており、財政が持たないのだそうである。現在の日本の状況から見て、わが国でも、4倍はともかくとして、同じ事になるであろう事は十分に察しが着く。患者さんが病院で、痩せる漢方薬を出して下さいと言えば、鸚鵡返しに防風通聖散が処方されます。(漢方には詳しくないからと断る先生も居られますが…)私の経験では防風通聖散の90日分の院外処方箋を受け取った事が有りますが、表寒裏実熱とは決して見えない患者さんでした…。勿論、効き目は無かったと思われます。体調に不具合を感じたら服用を中止して下さいとお伝えしました。この事例も医療費の無駄かも知れません。防風通聖散には麻黄、荊芥、防風と言った辛温解表剤(発汗剤)が配合されています。発汗は注意しなければなりません、心臓の弱い患者さんには特に要注意である。心臓の気陰不足の人は意外に太っている人がおられるからです。OTC薬の九味半夏湯加減なる「扁鵲」(へんせき)と言う漢方薬を扱っておりますが、メタボリックには防風通聖散より、もっと安全で効果的と思っております。水毒、臓毒を捌き脂肪過多を減らしてくれます。因みに防風通聖散が身体に合う方(防風通聖散証と言います)は決してKYではなく、気配りの出来る方が多い様に思います。

 (大津市薬会報 2010年 1月号掲載)

« Older Entries Newer Entries »

ページ最上部へ

Copyright© 2013 なかがわ漢方堂薬局 All Rights Reserved.